■シリコンバレー〜ITの夢とドラマの舞台裏を歩いてみる

安蒜 泰樹
(あんびる・ひろき)


雑誌/書籍編集者、ウェブディレクター/プロデューサー、翻訳者。アスキーでソフトウェア製品のマーケティングの仕事をしたあと、出版局へ異動しマルチメディアな編集者として修行。その後、インプレスのインターネット放送専門米国子会社へ転職。シリコンバレーで約3年過ごしたあと帰国。現在、SuiteZero Ltd.取締役社長。


第1回:あの時あの場所で
第2回:ワイルド・ワイルド・ウェスト

第3回:水と芝生の美しい街

第4回:地図にない谷

第5回:産業高速「101」〜その1

第6回:産業高速「101」〜その2

第7回:麺が恋しい?ベトナムラーメンで決まり

第8回:株情報とネットの馴れ初め

第9回:森林高速「I-280」

 
第10回:バレーの春〜お詫びとお知らせ
更新日2002/03/28 

前回の更新が昨年の6月だったので、恐ろしいことに10カ月ぶりの執筆ということになる。久しく書かなかった理由は筆者の怠慢以外の何ものでもない。実際のところ、ずいぶんとあちこちから問い合わせやら叱咤激励やらを頂戴し続けていた。楽しみにしてくださった方々には、この場を借りて心からお詫びしたい。

この10カ月の間のシリコンバレーの冷え込みぶりは、内外のニュースでも米国の経済成長がドラスティックに失速する様を形容するかのように繰り返し報道されていた。夏に現地に出かけた時点でもバレーの雰囲気はその1年前とはガラリと変わっていて、ネットバブル勃発期からクライマックスの時期のバレーしか知らない自分には少々信じがたかった。知人のうちの何人かは職を失ってサンフランシスコ・ベイエリアを去っていた。当時の話なので、今はまた状況が違うのかもしれないが、知人の誰かが「米国のIT技術者の雇用の現状はところ天みたいなんだよ」と話していた。シリコンバレーで活躍していたIT技術者は、全員とは言わないが、そのステータスと実績のおかげでサンディエゴやソルトレーク、ダラスといった新興のIT産業拠点に移る覚悟をすれば、比較的いい職や待遇を手に入れることができるという。当然のことながら、それらの街ではシリコンバレーからの人材流入のあおりを受けて職を失う者がいる。そして彼らもまた新天地を求めて別の土地へ流れていく……ということだった。労働ビザが必要な外国人就労者となると、またいろいろと話は異なるわけなのだが。

あちらでは景気回復の兆しもちらほらあるということも耳にするが、このコラムがもともとシリコンバレーの最新情報を紹介することをテーマにはしていないということをあらためて肝に銘じて、4月からはタイトルと構成を変えて再スタートしたいと思う。読者の何人かからいただいた「地図のうえで語ってほしい」というリクエストに答えるつもりでいる。吉成氏の写真はサンフランシスコ市内を写したものまで入れると200枚以上ある。これらに添えるコメントが尽きるまでの、気の長いささやかなプロジェクトということにしたいと思う。どうか引き続きおつきあいを。

 
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