かお
杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)

1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、1996年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。

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第7回:ITは活きているか?

企業がコンピュータを導入する理由の筆頭は"業務の効率化"であろう。しかし、コストダウンに熱心になりすぎて、顧客へのサービスが低下してはならない。コンピュータを正しく使わなかったばかりに、顧客を失ってしまった、そんな愚かな会社の話をする。

数年前のことだ。トイレで腹に力をこめたら、下腹部が急に膨れた。ヘルニアだった。かかりつけの医者に行き相談したところ「痛みが無ければしばらくの間は生活に支障は無いが、開腹手術で完治させることを勧める」という診断だった。会社員だった私は、自分がコントロールできる時間の中で闘病しようと考えた。私は当時、営業マンとして現場の最前線にいた。

入院する前に、生命保険会社の書類にある"病気やけがなどで保険料を請求する場合"の電話番号に問い合わせた。私は、「それはお困りですね。書類はお送りいたします。お大事に」、というような言葉を期待していた。私も畑が違うとはいえ営業マンだ。私が電話の相手ならきっとそうする。しかし、予想は裏切られた。

「保険料の請求は退院してから承ります。退院されたらあらためてお電話ください」「病名も措置も決まっているので、必要書類くらい送ってもいいのでは」と訊ねたが、相手は「できません」の一点張りである。

退院した翌日、私は前述と同じ電話番号に連絡し、保険料請求書を求めた。その書類は自宅療養期間中には届かなかった。さらに困ったことに、用意しておいた"病院の書式による診断書"は使えず、同封の"保険会社指定の診断書"に記入する必要があった。私は病院に行くために有給休暇を取った。診断書の作成は4日から1週間を要するため、もう一日の休暇が必要だった。

この保険会社の外交員は、私が解約を申し出ると驚いた。その気持ちはわからないでもない。営業マンが恐れることは、既存の顧客に見捨てられることなのだ。どうしても理由が知りたいという外交員に、私は顛末を説明した。段取りの悪い対応のおかげで、私は時間を無駄遣いした。だがこの外交員の次のセリフが笑わせる。

「すみません、入院されたとは気づきませんでした。どうして私に連絡してくださらなかったのですか」

私はかなり驚いた。「それは顧客の仕事なのか?」

契約更新の案内状は保険会社の"集中電算センター"から送られたものだ。つまり、この会社では顧客をコンピュータで集中管理しておきながら、私が入院したことも、保険請求の問い合わせをしたことも、私の担当営業に伝えなかった。コンピュータを使っているなら、私の顧客管理番号を元に、担当の外交員に自動的に伝えるシステムがあって然るべきだ。私が問い合わせをした時点で、外交員から「お大事に」の一言があれば、それだけで私と生保会社の信頼関係は強まったと思う。

この生保会社の問題点は、ITシステムの導入にあたり、"顧客へのサービスを向上させる"という目的が見出せなかったことである。これでは顧客離れは避けられないだろう。最新設備のおかげで売上が下がってしまっては、何のためにコンピュータを導入したのか判らない。

いま契約している保険会社は、歴史も規模も先の会社にかなわない。外交員は最新のノートパソコンを持ってやってきて、私の近況と将来の予定を聴きながら、瞬時に見積を作ってくれる。契約した情報はコンピュータで管理され、保険証書も確定申告用の書類も的確な時期に到着する。しかし、解約した生保会社との大きな違いは、外交員が名刺に携帯電話番号を書き添えたことだ。24時間、年中無休で対応するという。もちろん休日の夜中に電話することはためらわれるが、この電話番号があるだけで、私は大変満足している。

 

→ 第8回:プロゲーマーの日常


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