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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第888回:抜きん出た女性たち その6

更新日2025/02/27



レイナ・トーレス・デ・アラウス(Reina Torres de Araúz;1932-1982)

かなり毛色の変わった人間をダンナさんに持ったせいではないでしょうけど、私は全く異なった人間や文化、そして文化人類学に惹かれます。地球上にこんな暮らしをしている人がいるんだと驚きと強い関心を抱きます。それが私が専門言語学に進んだ要因なのでしょう。
 
文化人類学者として高名なレイナ・トーレス・デ・アラウスは、特別な言語感覚を持っていたのでしょう、西欧の言葉、スペイン語、英語、フランス語、ギリシャ語、ラテン語を流暢に使いこなしたと言われていますし、彼女が調査したパナマのインディオの言葉を素早く採取し、習得しています。世の中にはとんでもない才能を持った人間がいるものです。

これも偏見なんでしょうけど、レイナほど高名で政治的な活躍をした人なら、長生きをしたに違いないと思い込んでいたところ、彼女は49歳で亡くなっていたことを知り、驚かされました。きっと凝縮された人生を送っていたんでしょうね。
 
レイナは、1932年にパナマシティで生まれています。少女の頃は極々普通の利発な娘だったようです。でも、きっと優秀だったのでしょう、両親は彼女をブエノスアイレスの大学へ入れています。その当時、彼女の専攻は哲学、文学で、学年の後半になって、やっと本格的に文化人類学に目覚め、それから激しく傾いていったようです。
 
パナマと言うと、パナマ運河しか思い起こしませんが、運河の北側、南側には広大なジャングルがあり、そこにまるで文明から忘れ去られたような原住民、部族が多数存在しています。加えてパナマには、継承されるべき豊かな文化的遺産があります。アマゾン奥地のインディオたちと変わらない生活をしている民族が、パナマにもいることは存外知られていません。
 
彼女の名が広く知られるようになったのは、アメリカ資本が絡んだ大々的なハイウェイ建設で、“ラ・ポルヴォーラ”と呼ばれていたパナマの歴史的な建物を壊すのに反対する運動を展開してからでしょう。

レイナは時の大統領、ロベルト・チアリに直に掛け合い、文化遺産保存がいかにパナマにとって重大なことであるかを説得したのです。ロベルト・チアリ大統領は、彼女の見解を大いに受け入れ、レイナを歴史的建物だけでなく、考古学的に重要な地域を保存する長に任命しています。

その時、彼女はただ若い29歳の一文化人類学者でしたが、レイナの熱意、情熱が大統領を動かし、パナマの数多くの文化遺産を保存することに成功したのでした。

現在、パナマ国立博物館で(彼女は後年、そこの館長職を勤めました)私たちがたくさんの民芸品を見ることができるのは彼女のおかげです。

レイナのフィールドワークは、主にパナマ南東地域、コロンビアと接したダリアン地方が多かったのですが、彼女は地球規模の視野を持っており、レイナの業績、役職を数え上げれば、箇条書きにしても2、3ページになってしまうでしょう。

その中で、日本に関係が深い業績は、マスコミでも大いに取り上げられているユネスコの世界遺産を決定する委員会の副会長を務めていたことでしょうか。

もう一つの大きな業績は、「考古学リサーチセンター」を設け、若い学生に奨学金を与えるシステムを作ったことでしょう。この制度を利用して興味、情熱はあるけれどもお金のない学生に、考古学、文化人類学の道を開いたのでした。

彼女の理想は彼女自身が調査し、優れたレポート、論文を書いたコナ・インディアンの中から考古学者が生まれることでしたが、今までのところ、そこまでには至っていないようです。

文化人類学者はいわゆる先進国の人、アメリカを含んだ西欧人が、戦後になって日本人もその仲間に加わりましたが、圧倒的に多く、彼らが俗に言う“未開人”の中に入り込んで、その未開人の生活、文化、宗教などを調査し、それが現代の我々にとって学ぶべきことが大いにある…とするものが多く見られました。

例えば、逆にアフリカのズール族の人がイギリスの炭鉱労働者の実態を調査し、発表するような例はないでしょう。一種の一方通行なのです。それでも、未開人、全く異なる文化を持つ人たちを西欧に知らせる価値は十分にあるのですが…。
 
レイナは未開の部族出身ではありませんが、戦前のパナマで、人類学の先鞭をつけ、発展させた稀有の人物です。彼女には深く、広い意味での愛国心があり、パナマの伝統、遺産を大切に守っていきたいという強い情熱がありました。それを卓抜した彼女の知性をもって、パナマのインディオに限らず地球規模で発展させて行ったのでしょう。

偏狭な愛国心に囚われない、優れた文化人類学者が、第二、第三のレイナが、ブラジルのジャングルに住む部族、ポリネシアの島国、アフリカの部族から現れることを願って止みません。

Reina-01
Reina Torres de Araúz <1932-1982>

 

 

第889回:抜きん出た女性たち その7

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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