第746回:腐らないものは口にするな…
大きなコップ一杯の牛乳は、朝食に欠かせないものでした。それに、飲みつけるとフレッシュな牛乳はとても美味しいものです。第678回:“牛乳は悪者”でも書きましたが、牛乳はますます嫌われ、様々なミルクがたくさん出回るようになっています。
完全食品は母乳だけだとよく言われますが、母乳に一番近い食品が牛乳だと思っていたところ、いつの頃からか、牛乳には脂肪分、コレステロールが多いから、高血圧、心臓病によろしくない…ということになり、豆乳、アーモンドミルクなど、他の穀物やナッツを液状にしたミルクが本来の牛乳を押しのけ主流になってしまいました。
それも二十数種類の銘柄が我こそは最高、最上の豆乳である、大きなハートマークを付け、心臓を健康に保つために、わがオルガニックの大豆を使った豆乳を! と大々的に売り出しましたので、ますます本来の牛乳は隅に押しやられてしまいました。
豆乳の欠点はカルシウムがほとんどないことでしたが、そこはメーカーも新商品を開発し牛乳よりも多くのカルシウム、ビタミンを添加した新製品を売り出しました。私たちも人口甘味料なしの豆乳を愛用しています。が、砂糖やバニラ、シナモンなど抜きの豆乳を見つけるのが次第に難しくなってきたのです。
なんたってアメリカさん、甘いモノ大好き、香辛料もドバッと入れ、はっきりとした香りが好きですから、メーカーもこぞって様々な意匠を凝らし、子供が喜んで飲む味付けだとか健康に痩せるためとか、華やかなことになってきました。
そこへもってきて、大豆よりアーモンドミルクだ、オーツ(カラスムギ)ミルク、カシューミルク、ライス(もちろんお米です)ミルク、マカデミアンミルク、小麦ミルク、フラックシードミルクが出回り、各々のミルクに色々なフレイバー、香りのバリエーションがありますから、本来のストレートな豆乳はますます見つけるのが困難になってきてしまいました。今の売れ筋人気商品は、アーモンドミルクにカーネーションの香りを付けたものだそうです。
ダンナさんと私はほとんど同じものを食べ、飲んでいるのですが、どういうわけか、彼のコレステロールはまったく問題なく、血圧もこれ以上ありえないほど理想的なのに対し、私はコレステロールが高く、逆に血圧は低すぎるという奇妙な対比なのです。従って、彼の方は乳製品食べ放題、そしてまた大好きときたもんですから、チーズ、サワークリーム、カッテージチーズ、牛乳など摂り放題でも、コレステロールなど正常値なのです。
これは、何も牛乳、乳製品が悪いのではなく、生活の仕方、外で汗をかいて働くか、適度に体を酷使するか、生活様式の問題なのでしょう。彼と同じもの、ここでは乳製品ですが、を食べて、脂肪を抜いていない、加工していない牛乳を飲み、事務所でデスクワークをするなら、ポックリ逝ってしまうのかもしれません。
彼は口癖のように、できるだけ工場で加工されていないものを口にすると言っていますが、案外、彼の生活様式と食べ物が似合っているのかもしれませんね。
アメリカのUSDA(United State Department of Agriculture)の規定で、あらゆる食品(工場を経た)は、詳しい内容分、成分を表示しなければなりません。例えば、私が飲んでいるオルガニック豆乳は、コップ一杯(240ml)に脂肪分4g、炭水化物3g、繊維質2g、糖分1g(添加砂糖0g)、たんぱく質7g、グルティン、コレステロールなどなしと、細々と明記されているのですが、肝心の大豆何グラム(何粒)がこのカートン(通常2クォート=1.89リットル)に含まれているかどこにも書いてありません。
これはアーモンドミルク、オーツミルクなどにも共通していて、2リットル近いカートンに2、3粒のアーモンド、後は水と人工的なアーモンド風の味を付け、なにやら体に良さそうな添加物を加えているだけなのかもしれません…。
「だから、俺はアーモンド、ナッツを直接バリバリ齧ることにしてるんだ…」と、本当はただ、ナッツ類が好きなだけなのですが、ピスタッチオ、アーモンドを口に運んでいます。
彼は目の前にあるものなら何でも口に入れるタイプで、それこそ、中国人の、目の前にあるものはテーブル以外、空を飛ぶものなら飛行機以外なんでも食べる境地に近いのかもしれません。
それでも、多少のコダワリがあるようで、缶詰、冷凍、加工食品にはあまり感動しません。それに、口癖のように冷蔵庫をあまり信用するな、と言っています。これは、彼が戦後の日本で冷蔵庫などのない家で育ってきたせいかもしれませんが…。それに長い水上生活、ヨットでも冷蔵庫などありませんでしたし、彼の基本的な食物の規定は、ワイン、チーズ以外で外気に放っておいて腐らないような物は疑え、必ず何か防腐剤のようなものが含まれているはずだ…と言うのです。野菜、果物、牛肉、豚肉、鶏肉などは自然の状態では皆腐ります。そんなものだけ食べろと言うのです。
流行の豆乳など、豆類、穀物のミルクの賞味期限を見て驚きました。製造年月日からなんと4、5ヵ月も日持ちするのです。そんなミルクが防腐剤なしにそんな長期間、生き残れるはずはありません。ここにも彼の持論、“腐らないものは口にするな…”が当てハマるように思います。
彼に言わせれば、工場で生産された食べ物など問題外で、アメリカで人気の冷凍のTVディナー、栄養のバランスが素晴らしく取れているという、ただ電子レンジに入れてチーンするだけで、前菜からデザートまででき上がる食品などモッテノホカ、ということになります。ついでに言えば、我が家には電子レンジなどという文明の利器はありません。旧式な煩い音を出す冷蔵庫はあります。
彼の食べ物に対する小さな主義には、彼が育った戦後の貧しい環境もあるでしょうけど、彼の青春時代、スペインで過ごした十数年への郷愁が影を落としているように感じられます。イビサ時代の彼のワンルームアパートには、アメリカのモーテルにあるよりもっと小さい冷蔵庫があるにはありましたが、中にはビール、白ワイン、スペイン産のカヴァ(シャンペン)しか入っておらず、生ハム、チョリソ(赤いソーセージ)、ブティファーラ(豚の血にご飯を混ぜたソーセージ)などは表面にカビを生やせて、棚から吊るしてあるのです。
チーズ類は乾燥しすぎないように、薄くオリーブ油を被せてあり、あとは3日間くらい水につけ塩抜きしなければとても口にできないバカラオ(タラ)があるだけです。ですから、市場へ毎日降りて行き、新鮮な肉、野菜、果物を買わなければなりません。
何とも無駄な労働だと考えるのは現代人の感覚で、毎日、新鮮な食料を買い出しに行き、調理するのは立派な労働だ、と彼は言うのです。
でも今どき、そんな生活を送れる人は一体どのくらいいるのかしら…。彼が望郷の念を抱いているのは、専業主婦が幅を利かせていた50年以上も前の話なのですから…。
ついでながら、私が専業主婦であったことは一度もありませんよ。
-…つづく
第747回:スキー転倒事故の顛末
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