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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第608回:アルビーノの引退生活

更新日2019/05/09



アルビーノは3年前に引退した博士号を持つスペイン語の教授でした。
彼はアメリカがこのコロラド、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、カリフォルニなど広大な西部を乗っ取る遥か以前にスペインから移住してきた先祖を持っています。

原住民のインディアンを別にすれば、スペインからの移民は、一番昔から住み着いていた古い歴史を持っています。数はとても少ないのですが、時々“原始スペイン人”の家系を持つ人に出会うことがあります。まだそんな人がコロラドに残っているんだあ~、と驚き、北京原人かピテカントロップスに出会ったような気分にさせられます。少し大げさですが…。

彼らは一様に、新参者のアングロサクソンやアイルランドからではなく、ましてやリオグランデを泳いで渡ってきたメキシコ人ではない、我々こそが、この土地を見つけ、開拓し、棲んでいたという誇りを持っています。全般に教養のレベルも高く、話すスペイン語もメキシコ、中南米訛りがなく、なんだかドン・ キホーテが口を開いたような古式豊かな単語、アクセントを口にします。アルビーノのスペイン語も少し気取っているのではないか…と思いたくなるような格調の高いものでした。

アルビーノは、生徒にはとても人気のある教授でした。しかし、他のスペイン語の教授たちとの間にハッキリと一線を引いていて、自分の仕事は教室内で学生と真剣に対峙し、教え、語学のトレーニングをすることだとばかり、他のことや大学の雑務には一切関わらない態度を貫いていました。

大学の社交的、政治的な集いには全く出てきません。たとえ学期末やクリスマスに文学部、語学学部やスペイン語先生たちのパーティーにも顔を出さないのです。これは結構難しいことなのです。それでいて、私たちに廊下やホールで会うと、とてもニコヤカに挨拶をしてくれるのですが…。

彼を少し知るようになったのは、私たちが今住んでいる高原台地に移り住んでからのことです。彼もここの住人だったのです。とは言っても、彼の地所は25Km以上離れたところにあるのでとても隣人とは言えませんが…。

この台地で、彼は大型のブルトーザーやパワーシャベルなどの機械類を数台所有し、人を使い、土地の造成、庭造りなどの仕事を請け負っていました。道理でいつも陽に焼けて健康そうな顔色をしていたはずです。

この台地の住人の誰でもがそうであるように、彼は牛や馬、鶏などの動物も相当数飼っていて、牧草を山のように積んだトラックを転がしている彼とすれ違うこともありました。彼に言わせれば、大学を辞めて、今の仕事一本の方が収入も上がったし、自分に向いている…ということになり、大学構内で見る彼よりズーッと健康で幸せそうでした。


ところがなのです。先々週、この台地を通り抜け、学校へ通う道筋で、何台ものパトカーがそこここに駐車していて、中には車の屋根に付いている派手な青、赤ランプをピカピカと閃光させている車に出くわしたのです。

この静かな高原台地でパトカーを見ることさえ皆無でしたから、何か重大事件、熊が住人を襲ったとか、住人同士が何らかの確執から銃撃戦に及んだのかと想像したほどです。

そして、大学に着き、事務所の前を通ったら、秘書さんが私を呼び止め、地元の新聞『Daily Sentinel』の第一面にアルビーノの顔写真が載っていたのを見せてくれたのです。私がアルビーノと同じ高原台地に住んでいる、きっと町の感覚で、お隣さん同士だとでも思っていたのでしょう。

アルビーノはオレンジ色の囚人服を着せられた5人と犯罪人然として写っていたのです。容疑はマリファナの違法栽培と違法販売で、FBI(連邦警察)がコロラドの州のお巡りさんを通さずに、一斉検挙を敢行し、逮捕されたのでした。

なんでも、私が住んでいる台地が違法マリファナ栽培の一大拠点で、13ヵ所ものマリファナ畑があり、それを一斉検挙したというのです。このスティング(sting;秘密裏に一斉手入れをすること)には200人のFBIが乗り出してきたとありますから、よほど前から内偵し、一斉に検挙したのでしょう。

コロラド州ではマリファナ栽培、販売は合法ですが、栽培にはそれなりの規制があり、栽培する畑、温室などは監査を受けなければなりません。そして流通ルートも、どこの店にどれだけの卸したかを申告しなければなりません。裏庭で何本かのマリファナ(大麻、麻と同じです)を育て、自分だけで楽しむことも違法なのです。きちんと公認のマリファナショップで買い、25%の税金を払わなければなりません。 

彼と一緒に顔写真が載っていた人たちは、皆スペイン系、メキシコ、ラテン系の名前をもつ男ばかりで、悪人面に映っています。これは、前科持ち?のウチのダンナさんによると、警察で写真を撮られる時、顎を引き、上目つかい、いわば三白眼に映るように仕向けられるからだだそうです。アルビーノもいつものユッタリとくつろいだ表情ではなく、いかにも麻薬ディーラーのような悪人面で写真におさまっていました。

どうして、アルビーノがそんな違法のマリファナ栽培に関わったのか分かりません。きちんと申請して、税金を払えばそれで済むことなのですから。25%の税もベラボーに高いというわけではなく、ヨーロッパで消費税が20%以上の国は珍しくありません。彼には年金もあり、しかも大型機械類を動かし、土地を造成する実入りの多い仕事をしてるのですから、違法なマリファナ栽培に手を出す理由などないと思うのですが、ヒッピー世代のアルビーノとしては、自分の裏庭に植えれば、大麻はタダで幾らでも育つのだから、ワザワザ店で買う必要がない…と軽い気持ちだったのでしょうか…。それに野生の大麻がそこここに生えているではないかとでも思ったのでしょうか…。

この一斉検挙で逮捕された人たちの間には横のつながりがなく、コロラドで開放されたマリファナを手前勝手に栽培しただけだとばかり、犯罪意識が低かったか、なかったのでしょうね。新聞によれば、不法なマリファナ栽培はコロラド州に蔓延しており、今回のFBIが行った検挙は、見せしめ、警鐘を鳴らすためではなかったかと書いています。

ともかく、橙色の囚人服を着せられて新聞に顔写真が出てしまったアルビーノは、逮捕の翌日、大いに情状酌量され、29年間ここ高原台地に住み、長年教職にあり、逃亡の可能性がないとして、保釈金20,000ドルで釈放されています。この保釈金は、きちんと裁判に出頭すると返却されます。

詳しいことは、裁判が開かれるまで分かりませんが、私としては、彼はスケープゴート(イケニエ、犠牲)にされたと取りたい心境です。

学期末の教授連のパーティーでは、フンダンにビール、ワイン、ウイスキーが振舞われ、そしてマリファナの香ばしい煙が漂うことでしょう。マリファナファンの教授が多いのです。そして、アルビーノのことが話題になることでしょう。アルビーノからのタックスフリーの安いマリファナではなく、きちんとお店で税金を払って買ってきたものを吸うことになるのでしょうね。税金は教育関係(主に義務教育)に使われるのですから、少しくらい高い消費税を取られてもいいと思いますよ。

春の恒例バーベキューに、自家製マリファナを持ち込まないという条件を付けて?アルビーノを呼び、ご近所さん全員集合パーティーを開こうかと思っています。

-…つづく

 

 

第609回:人間が作った地震の怪

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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