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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第663回:ついに山火事発生! そして緊急避難…要持ち出しリストは?

更新日2020/06/25


前回の第663回「新型コロナウイルス異変が…」で、山火事の恐怖について書きましたが、6月5日にそれが現実になってしまいました。

その日は、猛烈な暴風が吹き荒れ、森全体が揺さぶられ、まるで大時化(シケ)の海のように動いていました。50マイルの突風と気象庁が報告していましたから、日本で言えば風速50メートル近くの大嵐でした。松喰い虫にやられた木々を切り倒し、その中ほどに一本だけ松喰い虫何するものぞと健気に立っていた大木のピニヨンパインがバッキリ折れてしまいました。森というのは、もちろん一本一本の木立で成り立っているのですが、その木一本だけでは生存できないものなんですね。集合体としてはじめて存続できるのだと知りました。

夕方の6時頃、西隣の(と言っても小さな谷の向こう300メートルほど離れていますが)マークから電話があり、山火事が発生したから避難の準備をした方がいい、北西の風で、火の手は南東に広がるだろうから、西に、ユタ州の砂漠地帯へ逃げるのがいいのではないかと言うのです。それから、東側の低い丘を越えたところの住むポールとエイミー、ドライブウェイを共用しているバッドとキャロル、隣人の間で情報交換、避難対策などなど電話連絡が飛び交いました。

ここでは石器時代的な固定電話しか通じませんし、インターネットもないので、山火事で電話線が切断される前に互いに連絡し合う携帯電話なし共同体意識があるのかもしれません。

一応の緊急避難用のパッケージを作り、すぐに車に積めるように準備してから、双眼鏡を手に裏山に上ってみたところ、小さな火山が噴火したかのように真ん中が真っ黒、周囲は灰色、白い煙が濛々と舞い上がり、風に飛ばされ、流れているではありませんか。すでに燃え尽くされた地面は白い灰と焼け残った黒い木立が荒野のサボテンのように立っていました。

現在進行形で煙を巻き上げている火元は、橙色の炎が地面を這い、風下の木々がくすぶっているな~と観ていたら、その木一本丸ごとマッチにように一挙にパッと火に包まれたのです。よく見ると、何秒おきに一本の木全体にガソリンでも掛けたようにパッ、パッ、ポン、ポンと燃え移り、どんどん広がっていくのです。空気と地面の温度が溶鉱炉のように熱くなっているのでしょう。 

自分の家の方に来ない限りは、なかなか壮観な見ものです。
火元からの距離は家まで直線で15、6キロありましたが、あんな暴風がこちらに向かって吹いていたら、アッと言う間には大げさですが、20-30分で我が家、我が森を嘗め尽くすことでしょう。

もうすでに長い乾季が始まっていて、3、4、5月の3ヵ月間に一度しか雨は降っていませんでした。
ところが、ところがなのです。暴風が黒い雲を伴って流れてきて、大粒の雨が横殴りに降ってきたのです。 

奇跡は起こるものです。 
その雨はバケツをひっくり返したように、屋根、窓を叩き、土砂崩れの心配をするほど、猛烈な暴風雨になったのです。それが30分間ほどで終わってしまい、また嘘のような青空、そして夕焼けになりました。

偵察のために緊急避難用品を積み込んだ車で、リトル・ドローレス道路を北に下り、火元まで7、8キロのところまで行ってみました。地面から真っ白い煙が漂っていましたが、もう悪魔の舌のような橙色の火は見えず、これなら風向きも家とは反対方向だし、マー大丈夫だろうと、ヨットで生活していた時に何度かやったアンカーウォッチ(嵐の時、錨が流されていないか夜中じゅう交代で見張りをする)を山で火事ウォッチとして再開しなくてもよいとダンナさんは判断したのでした。

ベッドに入ってから、今回は風向きも私たちに幸いしたし、何と言ってもインディアンの雨乞いの祈りが天に届いたかのような豪雨が降ったりで、運が良かっただけだ、いつもこんなにうまくいくとは限らない…などと、反省会をやったのですが、その時、お互いに持ち出したモノが少ないのに笑ってしまいました。

キャンプの道具、リュックサック、テント、寝袋、二つのラジウスコンロ、コッフェルなどはいつもそのまま即持ち出せるようにしてあるし、食料も楽に一週間分以上の缶詰、コーヒー、粉ミルク、お米に豆類があるし、あとは20リットルのポリタンクに水を入れるだけなのです。おそらく3~5分で逃走準備完了!なのです。

個人のモノでは下着、靴下、ジャケット、私の方は運転免許証、パスポートなどをファイルにし、箱に入れてあるのを持ち出しましたが、ダンナさんはそんなものすら持ち出さず、下着の他はノートにボールペン数本、それに、読みかけの本だけなのです。普段からモノに執着しない性格で、彼の父親、母親の位牌など必要とあれば、焚き付けにするタイプなのです。

「パスポートや免許証など、本人が生きているんだから、こちらが要求した時に政府が出す義務がある」と言うのです。「そんなモノは生きてさえいたらどうにでもなる」とやたら身軽なのです。私も長年一緒に暮らしてきたので、影響を受け、彼の流儀に染まってきたのでしょう。自然、私の方も“これだけは私の宝…是非持ち出したい”モノなぞないことに気が付きました。

もともと、私たちの生活はアメリカの標準から言えば、簡素で(貧乏と言うことですが)、家に入った泥棒さんががっかりし、気抜けするくらい盗む価値があるモノがありません。山火事で家全部焼けても被害総額を計算するととんでもなく低い数字になるでしょう。「一番の財産は森の木立だな、これが焼け野原になったら、元に戻るには100年以上はかかるだろうし、俺たちそれまで生きていないのは確実だしな…」と、ダンナさん、こと森のことになると、えらく神妙になるのです。

今回の山火事、後日、インターネットを見ると、2,000エーカーを焼き尽くしたとあり、私たちが気が付かなかったけれど、近くで他にも2ヵ所発生していました。山火事の恐ろしさを身近に感じたのと同時に、生き残るために必要なモノは意外と少ないと実感しました。そして、緊急電話をしてくれる隣人たちのありがたさを改めて痛感させられたことです。

-…つづく

 

 

第664回:黒人奴隷聖書の話

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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