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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第218回:11歳の少年にコンドーム?

更新日2011/07/14


性教育は必要です。正しい性の知識の大切さを認めることにヤブカサでない人は少ないでしょう。

ところが、フェラデルフィア市では11歳以上の子供たちにコンドームを無料で与えるキャンペーンを始め、当然ですが、全国的な話題、議論になっています。

どの新聞やメディアでも、まず読者、聴視者の目を引かなければなりませんから、"11歳の少年、少女にコンドーム!"と前面に打ち出し、センセーショナルに報道しています。

そんな年頃の子供を持つ親には、まさかウチの子が……いくらなんでも早すぎるんじゃない……そりゃ、行き過ぎだ、と思わずにはいられないような書き出しです。

案の定、信心深いキリスト教関係の人たちは、「コンドーム配布は、11歳の子供に、セックスをせよと薦めているようなものだ。全くモラルに反する行為である。第一、多くの州では12歳、14歳未満のセックスはすべて強姦に相当すると規定しているではないか」と大変な憤りようです。

『クリスチャン・ポスト』という新聞でも、コンドーム配布反対論陣を張り、これは親が子供に、寝る前には歯を磨きなさい、週に何度かはシャワーやお風呂に入り、身を清潔に保ちなさいと躾けるように、性教育を充分に与え、子供と議論し決めることで、言ってみれば親の権利の侵害にすらなる、親の目の届かないところで、我が子がコンドームを手にし、使用するなんて論外だと噛み付いています。

フィラデルフィア市の衛生保健局長のジェフ・モラン氏は、まず無差別に11歳以上の子供たち全員にコンドームを配っているわけではなく、希望者が直接保健所を訪れるか、訪れるのに抵抗のある、恥ずかしがりの子供のために申し込み用紙に記入すれば、無料で郵送するヤリカタを取っていると説明し、フィラデルフィア市ではティーンエイジャーの性病、クラミジアと淋病、エイズの問題が深刻になってきており、とりわけ黒人(アフリカンアメリカン)のティーンの間では白人に比べ39倍の高さを示している。それらの病気の感染を予防するための止むに止まれぬ処置だ……と述べています。

フィラデルフィア市は、他の同規模の市と比べ黒人、プエルトリコ人の住人比率が高く、貧困層が多いことでもユニークです。性病の蔓延率でも他の町より圧倒的に高く、2010年には1万9,000人が性病に罹っています。そのうち45%が10歳から19歳のティーンエイジャーで、33%は20歳から24歳の枠の中ですから、性病患者のなんと78%がティーン、ヤングアダルトなのです。しかも、これは病院や保健所に行き、治療を受けた人の数ですから、実際には1万9,000人の何倍にもなるというのが、一般的な見解です。

また、別の統計ですが2009年のフィラデルフィアの高校生の37%はコンドームなしでセックスをしているとあります。

フィラデルフィア市にはこのような特殊な事情があるようなのです。この『フリーダム・コンドーム・キャンペーン』を推進している市長さん、マイケル・ナッター氏は、フィラデルフィア市民の中から、このキャンペーンに対する反対運動は起きていないと述べています。

性病の感染以外にティーンエイジャーの妊娠の問題があります。個別の市町村を比較するデータを探し当てることはできませんでしたが、国別に見た15歳から19歳までの少女の妊娠、出産率は(UNの統計による)、先進国中アメリカが圧倒的に高く1,000人当たり2.66件です。ちなみに日本は0.5、スエーデンは0.6、デンマークは0.5です。

この"11歳からコンドーム無料配布"のニューズはショッキングですし、いくらなんでも11歳でセックスするのは早すぎる……と感じてしまいがちですが、問題はすでに10歳以上に広がっている性病にどう対処するかなのでしょう。11歳でセックスすることが良いか悪いかの問題ではないのです。

キリスト教関係の人が言うように、親が性教育を施し、我が子に性病防止のためにコンドーム着用の大切さを説く……のは一見もっともなことのように聞こえますが、フィラデルフィア市だけではないでしょうけど、大都会のスラムに住み、親がドラック中毒患者、もしくは父親の顔を見たこともない子沢山の母子家庭、食うや食わずの貧しい人たち、家庭らしい家庭を持ったことのない子供たちに、どこの誰が親代わりに性教育を施せというのでしょうか。 

学校での性教育には限度があるのは誰もが知っています。その上で、ティーンエイジャーの性病防止のためのキャンペーンなのでしょう。それに、すべての11歳の少女は全く異なる成長過程を踏んでいますから、11歳で15-6歳のボーイフレンド、セックスフレンドを持ったとしても不思議ではない環境にあるのでしょう。

郊外のしゃれた家に住む中産階級の人たちが、親の責任で……と言う時、フィラデルフィアや都会のスラムの現状が分かっていないことは明白です。フランス革命前に、パンも焼けないほど飢えた民衆に対して「パンがないならケーキをあげたら……」と言ったマリー・アントワネット的な感覚のように聞こえてしまいます。

フィラデルフィア市は現実的な問題に直接向き合って対処しようとし、止むに止まれぬ苦肉の策としてコンドーム作戦を打ち出したのでしょう。 

根本的には貧困をなくし、教育のレベルを高めなければ解決しない問題だと、当事者が一番分かっているのでしょうけど、それには気の遠くなるような長い年月がかかるのでしょうね。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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