第14回:フィリピンの海の中 更新日2006/07/07
ボホール島の南西におまけみたいにくっついている、パングラオという小さな島がある。二島は船で渡るまでもなく、二本の橋でつながっている。ボホール島からはほんの目と鼻の先のはずが、やたらと遠い道のりであった。途上国ではよくあることだが、お客が集まるまでミニバスが出ず、バスがいっぱいになるまでとにかくひたすら待ったのである。
やっと着いた島にはダイバーである友人が建てた海の家があり、そこに招待されていたのだが、今度はそれがどこなのか分からない。モトタクに乗せてもらってやっとたどりついた。
「いくら?」と、モトタクのにいちゃんに訊くと、「あんまり近いからそんなにはもらえないなあ」と言う。確かに距離は近かったが、運んでもらわなければ分からないような場所にあった。狡猾なマニラに慣れてしまった私は、彼の言葉に感動した。フィリピンは素晴らしい。ただしマニラ以外。特に海や山の美しいところは人が素直だ。10年後リゾート化が進んでも、なお彼がそう言ってくれるかどうかわからないが、少し多めのお金を渡してお礼を言った。
たどりつくだけで半日かかったので、着いたらすぐに日が暮れてしまった。8年間ここで潜っている日本人インストラクターがいるダイビングショップに直行。さっそく翌朝の船に乗せてもらうことになった。暗くなった空には星がいっぱい瞬き出した。モトタクのにいちゃんと満天の星空が、明日出る海の美しさを保証してくれるような気がした。
朝9時出発。一路バリカサグ島に向かう。島のすぐ近くがもうドロップオフでいきなり底まで落ちている。海が怖いほどに真っ青だ。潜水中耳炎でダイビングができないのが残念だが、ここは潜らなくてもいいかもしれない。なぜならタンクを背負って魚を探し回らなくても、目の前をたくさんの魚が悠々と泳いでいるからだ。
ダイビング天国バリカサグ島
魚の名前をよく知らないのでどこで何を見たか説明できないが、うまそうなのもきれいなのもいっぱい泳いでいた。とにかく魚影が濃い。初日はサンクチュアリ、ダイバーズヘブンというポイントで泳いだ。
翌日の1本目はブラックフォレスト。先陣切って飛びこんだら親子らしき海亀と遭遇。親は1メートル、子は40センチほどの大きさ。前足をゆっくり掻いている。その割りにはけっこう速い。やっぱりプラスチックのヒレではとても追いつけない。そういえば亀のヒレ状の足は天使の羽のような形をしている。実は彼らも魚もヒレという羽根で海の中を飛んでいるのかもしれない。
2本目は前日と同じサンクチュアリ。ギンガメアジの群に巻かれた。右もアジ、左もアジ。海面から螺旋状に旋廻して海底へ沈んでいく大群。その中心に身体を置くと自分までアジになったような一体感がある。なんとなく安心するのはなぜだろう。
帰りにイルカが3頭出た。あわてて飛びこむと足のすぐ下をかすめてイルカが1頭潜っていった。背中の幾何学模様が海の深さで青みがかって見えた。イルカからも私が青く見えているのだろう。
3日目は5時半出発のつもりが、目が覚めたら5時半だった。実はパングラオに来てから日本人ダイバー同士で連夜飲んでいるのである。二日酔いで頭が痛くても海に出ればけろっと治ってしまう。きれいな青い海に魚と一緒に浸っていられるのがただうれしくて、それ以外のことはすべて忘れてしまう。
あわててショップに駆けつけ、まだ寝ていた面子をたたき起こして出発。向かうはバリカサグから23キロ東に行ったパミラカンという島だ。
パミラカン島はホエールウォッチングで有名なスポットなのだが、そのシーズンは2月から7月まで。私が行った9月は時期外れだったが、同じ海域でイルカは年中見られる。いつもより3時間も早く海に出たのは、早朝現われるイルカを見るためなのだ。
初めの1時間、イルカはまったく現われなかった。少し波もある。出遅れたかと諦めかけていると次々と姿を現した。その数、約50頭。鏡のようなベタ凪なら100頭以上現われることもあるという。まるでバンカーボートに伴走するかのように泳いでいる。そして、時々海面高くジャンプする。
イルカにカメラが追いつかない
イルカ調教師の友人が、「イルカは水の中でナスを触っているような感触」と言っていたが、もっと硬そうに見える。跳躍するところを撮ろうとカメラをかまえるが、あまりに遠い。そして速い。諦めなさいと諭すようにバッテリーが切れた。カメラをかなぐり捨てて海に飛びこむとどこからともなく鳴き声が聞こえてきた。姿は見えないのだが楽しそうに歌っているような声だった。不思議なことにイルカは、7時半をすぎると申し合わせたかのように一斉に姿を消してしまった。
フィリピンには観光資源が豊富なのに観光地化が進まないところがたくさんある。そこは交通の便が悪かったり、宿泊施設が整っていなかったり、英語があまり通じなかったりする。しかし、それこそが穴場なのだ。退屈な快適よりも感動する不便を敢えて選びたい。
第15回:パラワンの自由と不自由