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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第539回:柵の外から車庫見学 - 鹿児島市電 谷山~鹿児島中央駅前 -

更新日2015/01/29

鹿児島市の路面電車は100年以上の歴史を持つ。誕生は1912(大正元)年12月1日。満州と台湾が日本統治下にあり、世界が日本の存在感を認めた。ヨーロッパではオスマン帝国と周辺国の間で緊張感が高まりつつあった。桜島はまだ島だった。路面電車開業の2年後に桜島は大噴火して陸続きとなり、同じ年にヨーロッパは2年後に第一次大戦に突入する。

日本の各都市は急速に近代化され、ビルが建ち、私鉄や路面電車が次々と開業した。鹿児島もその流れに乗っていた。鹿児島電気軌道が谷山―武之橋間で運行開始。鹿児島は全国で28番目に電車が開業した都市となった。ただし路面電車ではなく軽便鉄道だったようだ。木造電車7台で運行。もともと鹿児島駅までつなぐ予定だったけれど、武之橋から鹿児島駅までの区間は用地買収に難航して開業が遅れた。


100年の歴史がある線路

私は谷山から開業102年目の線路に乗って、武之橋へ向かっている。歴史を振り替えると、専用軌道区間に堂々とした存在感がある。群元電停を再度通過。広い通り、センターポール、グリーンベルトの軌道を電車はスイスイと進んで行く。

途中に騎射場という電停がある。歴史を感じさせる地名だ。明治時代の陸軍が騎馬隊を置いたかと思ったけれど、由来は薩摩藩主が流鏑馬(やぶさめ)の練習をしたところという。その後、江戸時代末期にはガラス工場が作られた。伝統工芸品、薩摩切り子の発祥地である。現在はマンションや商店が並ぶ大通りだ。


交通局前電停で降りる

運転士さんのそばの席に座って前方を眺めている。次の電停は交通局前だ。路面軌道の分岐が見えた。その線路は左へ曲がっている。ここに電車の車庫がある。車庫内の見学はできないだろうけれど、私はここで電車を降りた。次の電停の武之橋まで歩いてみよう。1区間飛ばしてしまうけれど、一昨日の夕方に全区間乗車は済ませている。

路面電車の車庫は道路に面しており、敷地は道路側に長辺がある。つまり道路を散歩すれば柵越しに全容が見える。柵が低いので、基礎部分に足を乗せればきれいに写真を撮れる。これはありがたい。古めの電車は緑色の車体で窓回りが黄色。腰に白い帯をまく。屋根の部品に合わせて、色の塗り分けが曲線になっている。これが鹿児島市電の伝統色だろう。


低い柵から電車が丸見え

車庫の奥には低床タイプの連接車体が並んでいる。電車1台分の中間車があって、その両側に小さな運転台の車両がくっついている。1台は黄色と白の塗り分け、もう1台は白地に緑の三角形が描かれ、病院のラッピング広告になっていた。車体が大きくなると広告も大きくなる。お客さんもたくさん乗れる。良いことばかりである。


トラバーサーを発見

歩き進むと研修車庫が見えた。その手前にトラバーサーがある。電車を真横にスライドさせる装置だ。外からこれだけの見物ができるとは嬉しい。新しい車庫は間口から奧へ広がる設計だけど、見学コースができるという。電車に親しみを感じてもらおうという気風があるようだ。


レトロ調イベント車両
窓に連絡先が貼ってある

トラバーサーの奧に茶色の電車が停まっている。レトロ調の塗装と形である。方向幕には貸切の表示。窓に貼り紙があって、イベント電車と書いてあり、その下に問い合わせ先の電話番号があった。なるほど、やはりこの車庫は外から見られることを意識している。さまざまな色と形の電車を見物したり、散歩中の犬に挨拶したり。なかなか楽しい時間となった。


甲突川の両岸が公園


武之橋電停にたどり着いた。その先に橋がある。きっとそれが武之橋。川の両岸が公園になっていて、桜並木が続いている。その先に橋が見えたので、こちら岸から歩いて、橋を渡って戻ってみた。花は五分くらい。東京では満開の時期で、鹿児島はずっと南だから散り際だろうか。いや、それにしては地面に落ちた花びらが少ない。遅咲きの品種かな。時刻は07時45分。はやくも要所にブルーシートが敷いてある。今夜はお花見だ。日中に気温が上がればもっと咲くだろう。


高見馬場電停で電車見物

武之橋電停から鹿児島駅前行きの電車に乗った。鹿児島駅前まで乗り通すつもりだったけれど、この分だと朝食の時間が足りない。今回利用したJR九州鹿児島ホテルは朝食の評判が良いそうで、実はそれも楽しみで集合を遅くしている。市電車庫見物でノンビリしすぎたかな、と反省しつつ、鹿児島駅前は一昨日の明るいうちに行ったから、と割り切った。高見馬場で降りて、2系統に乗り換える。


新しそうな電車に伝統塗装

でも、15分ほど留まって、電車の写真を撮ってみた。鹿児島市電に限らず、路面電車は車体広告がさまざまで、いまは旧型と低床車の入れ替わりの時期で形も多様だ。ひととおりの形をカメラに収め、満足して電車に乗った。先頭に乗って前方を眺めれば、通りの両側のビルがだんだん高くなる。その向こうには大きな観覧車が見える。鹿児島中央駅の駅ビル、アミュプラザのシンボルだ。


こんな連接車もある

ホテルの1階のレストランは居酒屋風で、4人掛け半個室に「いさぶろう・しんぺいの間」「海幸山幸の間」など列車名が掲げられている。学にはその列車の写真もあった。鉄道会社の系列らしい演出である。朝食はビュッフェスタイルで、評判通りの旨さだった。鹿児島名物のとんこつもあり、大満足である。ふだんは夜明けとともに動き出すから、こんな朝食はめったにない。


ホテルの朝飯でお腹いっぱい

食後のコーヒーを飲みつつ新聞を開く。奄美大島の高校卒業生591人のうち、88%の523人が島を離れるという記事がある。どれだけの若者が帰ってくるか……という内容だった。進学だけなら戻ってくるかもしれない。就職してしまうと、戻ってこないかもしれない。地域にとっては心配なのだろう。東京住まいには気づかない話だ。

満腹の腹を抱えて部屋に戻り、旅立ちの支度を調える。ちょっとテレビを付けたら星座占いをやっていた。今日、私の牡羊座は11位。下から2番目。たまに占いを見ると、だいたい不運な結果である。これから同じ運勢の風ちゃんと待ち合わせ。今日は不運な男たちの旅、最終日だ。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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