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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第414回:虹と太陽と笑顔と - 弘南鉄道弘南線 -

更新日2012/03/22



運転士さんの健闘を讃えつつ代行バスを降りた。目の前が弘南鉄道弘南線の弘前駅である。昨日はJRの中央口に降り立ち、今回は城東口。背の高い建物はなく、裏口のような雰囲気である。弘南線の電車はすでに入線していた。あと5分で発車時刻。運転士さんが急げという。駅からも「お急ぎください」の声がかかる。たぶん弘南鉄道の駅員だと思うけれど、代行バスの到着に合わせてJRからも案内役が出たかもしれない。


弘前駅城東口。弘南鉄道とJRの建物が親子のよう

駅舎の写真を撮って、急いで切符を買い、改札を駆け抜け、電車に乗り込む……と、その前に電車の写真を撮る。電車の写真なんて終点でも撮れるけれど、乗る前と乗ったあとに撮る習慣だから、撮らないと落ち着かない。撮り終えて車内に入ると、発車までまだ少し間があった。急いでいると自然に手際が良くなる。2両編成だから、あとと前を撮るために歩く時間も短い。

電車は元東急7000系である。ただし、大鰐線とは雰囲気が違う。こちらの電車の表情は東急1000系に似ていた。運転台側の窓が大きくなっている。その隣に細い窓がふたつ。おそらく中間車に運転台を増設した車両である。1000系に似ているけれど、前面扉はない。ならば大窓ふたつでよさそうなものだ。もしかしたら、1000系の規格のガラス窓を使ったから扉なし1000系風の顔になったか。


東急1000系風の表情

この電車には「こけし」号のヘッドマークが掲げられている。よく見ると「こけし」の文字の下に「焼鳥 とりまる」と書いてある。ヘッドマークではなく広告看板だったようだ。上手いことを考えたものだ。乗客の少ない路線なら、中吊り広告よりも、車体広告のほうが広告主への説得力があるといえる。電車の外側のほうが見る人は多いし、運行本数が少なくて電車が珍しいから注目されるとも言えそうだ。

電車が動き出して2分後。奥羽本線と離れていくカーブの入り口にひとつ目の駅があった。弘前東高前という。高校生がたくさん乗ってきた。弘前駅から乗る人より多い。車内が賑やかになった。路線図を見ると、○○高校前とつく駅名があとふたつある。大鰐線と同様に、通学路線なのだろう。次の駅は運動公園で、ここにも医療関係の小さな大学がある。薄いグリーンを基調とした建物で、おしゃれなアパートのようだ。


このおしゃれな建物は大学だそうで

弘南線は弘南鉄道が1927(昭和2)年に開業した路線である。当初は弘前駅から津軽尾上までの11.1kmの運行であった。それから約6キロの黒石までの延伸は20年ほどかかっている。線路は津軽平野の南東部をなぞっていて、弘前から東に進み、平賀から北へ向かう。奥羽本線が弘前へ向かうぶんだけ大回りをしているから、その短絡線をつくろうとしたかもしれない。米やりんごなどの農産物を輸送する需要を見込んだのだろうか。水運を代替するというルートでもなさそうだ。


平賀駅に進入……あ、右端に6000系かな

車窓右手の遠くに奥羽山脈を望みながら走る……と書きたいところだ。しかし、あいにく大粒の雨が降りだした。遠景は望めず、近景は水田地域。平川を渡る鉄橋を過ぎると館田駅。ここで上り列車と交換する。その次は平賀駅で、駅ビルの懐に入るような近代的な作りである。留置線があって、休憩中の電車の向こうに、あずき色の凸型電気機関車が並んでいた。元西武鉄道のE11形。こちらではED33を名乗っている。窓に雨粒がついてしまい、よく見えない。


濡れた窓越しに凸型電機

しかし皮肉なことに、この雨は平賀を出てしばらく走ると止んでしまう。畑の作物の葉が、まるで夏の海のようにキラキラと光っている。柏農高校前という駅名標の向こうに虹が出ていた。今日はよく虹を拝める日だ。

電車を降りる高校生がみつけて、乗り込む高校生とすれ違うときに虹を教えた。車内では他の高校生たちも、携帯電話から目を離して虹を観ている。「願い事、叶うんだっけ」「それって虹の話だっけ」という会話が耳に入った。若い人達には叶えたい夢がたくさんあるのだろう。


進行方向に虹

津軽尾上は立派な木造駅舎があった。駅員の女性が下車客を迎えていた。こういう駅では降りてみたい。駅舎の表側を見たいが、途中下車する時間がない。私たちは電車に乗ったまま駅員さんに見送られた。

虹はまだ出ているけれど、高校生たちは飽きてしまったようで、もう手元の携帯電話に夢中になっている。車窓。雲の隙間から数条の光が降りてきた。遠くの山も姿を現している。通学生には見慣れた光景だろうか。


まるで天孫降臨……

尾上高校前を過ぎ、しばらく田んぼの中を走った。また似たような風景だと油断していたら、カラフルな鉄道車両とすれ違った。あれ、と思って後部運転台越しに見ると、おもちゃのような色に塗られたディーゼルカーが並んでいた。すれ違ったのではなく、放置された車両のそばを通り抜けた。帰りに確認してみよう。


晴れた!

田舎館駅を出た電車は45度右へ転針、しばらく走って90度右へ曲がって黒石駅に到着した。もういちど電車の写真を撮る。日中は1時間に1~2本、2両編成の運行だが、朝の通学時間帯は4両編成を動員するという。大切な交通機関である。高校生がたくさん降りてくる。学校から解放されたばかりの笑顔があふれる。


黒石駅構内。元黒石線のホームが残る

黒石駅の滞在時間は21分。慌ただしいけれど、それで帰らないと東京行きの『はやて180号』に間に合わない。その後にもうひとつ『はやて182号』があり、それが最終列車だ。しかし、東北新幹線の新青森と八戸間は初乗りであり、なるべく明るいうちに乗りたい。むしろ新幹線のお陰で、旅行最終日のこんな時刻まで青森で滞在できる。ありがたいことである。


雨上がり。7000系のふたつの顔

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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