名鉄知多新線を内海まで来て、次は河和線に乗りたいところ。鉄道で行くなら分岐点の富貴駅まで引き返すルートになる。でも、同じルートを引き返しては芸がなさそうだし、ここまで来たら半島の先端まで行ってみたい。そこで今回は鉄道をちょっと休んで、知多半島の先を見物した。内海駅から知多半島の先端の師崎港までバスの便があり、師崎港から船に乗り継げば河和港へ行ける。河和港から河和駅は近い。
バスで師崎港へ。
無骨なコンクリートの内海駅。改札を出ると、バスは探すまでもなく、目の前に停まっていた。すぐにでも出発しそうな雰囲気だ。しかし、私はトイレに行きたくなった。朝食で茶やジュースをがぶ飲みしたから、ちょうどいま排水の時間である。バスの運転手に声をかけてからトイレに行こうと思ったけれど、運転席は空席だ。私は座って発車を待っているおばちゃんに一声かけて、用を足して戻った。バスは私を待って発車した。おばちゃんに礼を言うと、これがいつもの時間だと言った。
バスは市街地を通り抜け、国道247号線を左に曲がる。この道路は知多半島の南岸に沿っていて、少し高いところを走るから海がよく見える。道路脇は民家が多い。しかし、家庭的な旅館を営む建物も多いようだ。あまり派手に開発されていない、落ち着いた雰囲気の海の町である。いったん建物が途切れると、今度はリゾートホテル風の建物が目立つようになった。いまは景気が落ち着いているけれど、リゾートブームの時は賑やかな話がいくつもあったに違いない。しかし、自然の残るこの地域を見る限り、熱が早めに冷めて良かったと思われた。
大きな港が見えて、もう師崎港かと思ったら、そこはひとつ手前の豊浜港だった。南知多町の役場はこちらが近い。その南知多役場の公式サイトによると、当地は三河湾国定公園と南知多県立自然公園に指定されていて、漁業とマリンリゾートで成り立っているという。すばらしい。魚嫌い、潮風で気分が悪くなる。そんな私にはまったく縁のないエリアに入ってしまった。それでも景色はいい。晴天で外は暑いけれど、こちらはエアコンが効いている。どうか誰も窓を開けないでほしい。
生活の足でもある観光船。
師崎港のターミナルは実用性そのもの。都会の人間にとって船は特別な乗り物で、乗り場もなんとなく期待をあおるように作られている。しかしこの建物は飾り気がなく、回りは自転車で囲まれている。生活と船が密着している様子である。名鉄、バス、船との接続もよい。次に私が乗る篠島行きの船は20分後に出る。私は切符売り場で河和港までの切符を買った。乗船の案内があり、デッキ付きの船に乗り込むと、ほとんどの客は船室に入ってしまった。潮風は苦手だが、景色は外で見たい。出港時、風と波をかぶりそうなデッキには私しかいなかった。
後部デッキからの眺め。
篠島までの所要時間はわずか10分。船は防波堤を飛び出すと真っ直ぐ海を突っ走った。エンジン音は変化せず、ずっと一定の音を出し続けていた。天気がよいせいか、私の苦手な臭いは薄い。ひゅんとエンジン音が下がり、また力強い音を立てる。19トンの海鴎12号という船は、防波堤の隙間を抜けて、ゆっくりと篠島の桟橋に接岸した。ここでの滞在時間は約50分。島の回りを散歩するにはちょうど良い時間である。
船旅の客を迎える看板に「おんべ鯛とふぐの島 ようこそ篠島へ」と書いてある。魚嫌いの私は歓迎されたくない。いや、そんなことを言うとバチが当たる。おんべ鯛は鯛の品種のひとつだろうと思っていたら、この島で水揚げされ、伊勢神宮に奉納される鯛だという。私はピンと来なかったけれど、ここは地理的に伊勢湾の向かいである。伊勢神宮を建てた天皇がこの島に立ち寄り、鯛をたいそう気に入ったそうだ。以来、1000年以上にわたって、この島の漁師たちは鯛を追っている。毎年3回、島の神職が鯛を塩づけに調製し、対岸の伊勢神宮内宮へ献上しているという。その由来は日本書紀にも登場するという。由緒ある島である。
篠島の反対側から。
島を歩く。道沿いの壁に小学生たちの絵が並んでいる。卒業制作の作品のようだ。「ありがとう さようなら 東山校舎 最後の卒業生」と書いてあった。別の絵には、「卒業生16人一同」とある。なるほど、小さな島の町であるらしい。その証拠に、建物の角を曲がると、その道がずっと空へ続いている。たぶん道の切れ目があって、そこが港とは反対側に当たるのだろう。そこはどんな景色だろうと、のんびりと道の切れ目に向かって歩いてみた。たどり着いてみれば10分も要しない。
島の反対側ということは、おそらく渥美半島側である。道が途切れるまで歩いてみた。海の向こうの陸地は遠くて判別できない。その色薄い背景を前にして、小型の船がいくつも通り過ぎる。船たちは漁の真っ最中であった。あそこで鯛が捕れるのかなと思う。もうすこしゆっくり眺めていたい。しかし、漁の帰りを待っても私には食べられないものばかりだろう。港に引き返し、鉄道旅の本線に戻るとしよう。
タコが迎える日間賀島。
乗船場から河和港行きの船に乗った。今度の船旅は少し長い。途中で日間賀島に立ち寄り、その後は知多半島の腰のくびれにある河和まで、岸をなぞるようにして走るからだ。それでも所要時間は約30分。同じ距離を行くバスより少し速いくらいだろうか。船は一直線に走り続ける。もうすこし岸に近ければ、半島の人々の暮らしぶりも見えてこようと言うものだ。いや、だからこそ近すぎずという距離を保っているのか。
ウミネコのたまり場。
真っ赤なタコのオブジェの日間賀島を出てから、ウミネコのたまり場や釣り船のそばを通過した。そこまでは景色も変化したけれど、だんだん単調になってくる。船のスピードが一定であるということは、船の揺れも一定であって、ようするに単調なリズムの繰り返しで眠くなってくる。眠気覚ましに、カメラで自分の顔を撮ってみた。背景に波しぶきが映れば、潮風が苦手な私も海の男に大変身である。何度かシャッターを押してみたけれど、船の揺れもあってうまくいかない。後に写真を整理してみたら、どれも黒いタコ坊主ばかり映っていた。
河和港に着いた。
(注)列車の時刻は乗車当時(2008年9月)のダイヤです。
-…つづく
第286回からの行程図
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