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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第484回:海と終着駅とカツカレー - 日本最長鈍行列車2429D 6 -

更新日2013/09/05


山の中の常豊信号場を15時48分に発車。2429Dは山の中を走っている。10分後に上厚内に着く。木造駅舎に青いスレート屋根。そこにぽつんと煙突が刺さっている。これが北海道の建物だ。町は少なく、駅間距離は長い。どういう間隔で開拓村ができたのだろう。上厚内と厚内は約7km。徒歩で2時間、馬車なら1時間といったところか。厚内まで、2429Dは8分かかった。こちらも木造駅舎で、白いペンキで塗り替えたばかりのようだ。赤い屋根に煙突はなく、壁の下側からパイプが出ている。もっとも、どちらも無人駅だから、この煙突から煙は出ない。


上厚内駅の木造駅舎

発車は16時07分。定刻より1分遅れまで回復した。都会の電車が1分遅れるとホームに人が増えすぎて乗降に時間がかかり、後続列車に影響が出るという。しかし、北海道の1分は許容範囲のような気がする。実際はこちらも分刻みの段取りで、運転士も駅員も遅れの回復に苦心しているのだろう。

厚内を発車して1分ほどで線路は左にカーブする。車窓右手に海が接近する。天候は下り坂。空は雲に塞がれて、海の色はくすんでいる。波も高めで真冬のようだ。雨は降っていない。窓から入る風が、すこし冷たくなったような気がする。私が苦手な潮の香りが混ざる。


厚内の先で海沿いになった

直別駅でとうとう定刻に回復した。ここも木造駅舎だが、新しいログハウス風の建物である。2003年の十勝沖地震で旧駅舎が倒壊したため新築された。無人駅だから待合室として使われているようだ。2429Dの乗降客はなし。定時運転に戻ったけれど、列車はフルスピードで走っている。尺別までの4kmを4分で走った。表定速度は時速60kmとなる。国道を走るクルマの制限速度と同じ。もう少し速いほうが……と老婆心ながら思う。

尺別で上り普通列車と交換する。タラコ色のキハ40形で、前面に1758と数字が書かれている。2429Dはこの色の車両で走ると人気があるようで、JR北海道釧路支社のWebサイトで日程を公開している。私は車両にこだわらなかった。乗ってしまえば車体の色など見えない。


尺別でタラコ色と交換

音別に停車。構内にコンテナが積まれている。有人駅である。しかし乗降はなかった。駅舎の壁から煙突が出て、そのそばに燃料タンクがある。火気厳禁という看板もある。有人駅と無人駅は、燃料タンクの有無で見分けられるかもしれない。その次の古瀬のほうが停車時間が長い。上り特急スーパーおおぞら12号とすれ違うためだ。

それを眺めようと席を移動したら、私のカバンのそばに初老の男性が座った。何をする気かと思ったら、持参のカメラで駅名標を撮っている。他人に近付かれると不快に感じる空間をパーソナルスペースというけれど、自分の荷物にもパーソナルスペースがあると思った。ちょっとした発見ではないか。


古瀬で特急と交換。定刻ダイヤ同士

特急が通り過ぎ、2429Dは古瀬を定刻で発車。つまり特急も定刻で通過したということだ。この先はダイヤが回復していると考えていい。私は内心ホッとした。今日は釧路発の最終便で帰る。釧路で食事をして、駅前から空港行きのバスに乗る。多少のゆとりは持たせた日程だけど、定刻のほうがいいに決まっている。

山の中よりも海沿いのほうが住みやすいらしく、建物をよく見かける。国道が並行しているせいかもしれない。2429Dは定時運行で、なおかつ国道のクルマを追い越している。列車の速さを見せつけてやれと思う。もっとも信号や交差点が少ないから、駅で追いつくか追い越される。

そんな駅のひとつに白糠がある。懐かしい。ここから分岐する白糠線が、国鉄の赤字ローカル線廃止第1号となった。高校生だった私はJR北海道ワイド周遊券を使って乗りに来た。たしかあれも9月だった。高校は2期制で、夏休みのあとに期末試験があり、そのあとで1週間ほどの秋休みがあった。夜行で早朝に到着し、20人くらいの鉄道ファンが降りて、白糠線の始発を待った。得意気に持参のトイレットペーパーをヒラヒラさせて便所に行った人の様子を覚えている。鉄道好きの大人は変な人が多いな。オレもあんなオトナになるのかと思った。

17時13分、大楽毛駅着。おたのしけと読む。時刻表には17時25分という発車時刻しか載っていなかったから、12分も停まってくれるかと嬉しくなった。面白い名前の駅である。駅舎を眺めたい。しかし途中下車はしたくない。大楽毛は空港連絡バスが経由するから、釧路に到着後、大楽毛まで列車で戻り、そこからバスで空港へ、というプランも考えていた。

12分あれば駅前を眺められる。私はカバンを残したまま列車を出て、跨線橋を渡った。カバンが盗られたとして、逃げ道はここしかない。そんな心配もいらないくらい日本は平和である。駅前にはロータリーがあり、東京近郊のニュータウンの雰囲気がある。若者が駅に集まり、列車に向かう。私もその流れの後ろについた。


大楽毛駅。かもめ食堂が気になる

ホームに戻ると同時に貨物列車が通過した。長時間停車は上り普通列車とすれ違うためだけと思っていた。それにしては長すぎた。そうか、貨物列車もあったのだ。もう少し早く戻れば機関車から最後尾まで眺められたと残念に思う。

若者が増えて車内が賑やかになった。地図を見ると、釧路工業高専がある。朝から8時間近く走り続けて、2429Dは学生の帰宅列車になっている。この大いなる旅路を、若者たちの何人が知っているか。せいぜい帯広あたりから来た車両だと思っているだろう。教えてあげたい気もするけれど、会話のきっかけが掴めずに断念する。


雨の帯広駅に到着

車窓はすっかり暗くなった。学生さんたちにボックスシートを譲って、私は運転台の横に立っている。釧路駅到着の様子を見届けたい。しかし運転台のとなり、貫通路側の窓は雨粒がぎっしりと貼り付いている。釧路駅の構内は広く、多数の信号灯が滲んでいた。釧路、定刻到着。8時間2分の旅が終わった。車内放送も駅の放送も「日本最長鈍行の旅お疲れ様でした」などとは言ってくれない。私を含めた数人の好事家以外は短距離客ばかりであった。


8時間の旅が終わった

改札口で申告すると、2429Dの乗車証明書をプレゼントしてくれる。それがJR北海道からの労いかもしれない。私はバス乗り場へ行き、空港行きのバスのきっぷを買った。それから線路沿いの道を根室方向へ10分ほど歩き、ショッピングモールの中のカレースタンドに入った。帯広名物のカレーショップ、インデアンの支店である。釧路か帯広にいたら食べようと楽しみにしていた。

カツカレーを注文。たしかに美味い。カツが一口サイズにカットされており、ご飯とルーとカツが、スプーンの上に同時に載る。つまり同時に口に入る。カツに対してタテ方向に包丁を1回余計使うだけだけど、こんな心遣いも嬉しい。今日はちゃんとした食事をしていないから、一番のごちそうであった。


ご褒美のカツカレー

汗を拭きつつ線路脇の道を戻り、空港行きのバスに乗る。暗いけれど、道路沿いは建物があるから街の様子を伺える。それでも大楽毛を通り過ぎると真っ暗になり、どこを走っているかわからない。長い坂道から、ひょいと左に曲がったところが空港のターミナルビルであった。


空港バスで釧路を去る

20時15分発の日本航空1148便。LCCではないから1ヶ月前予約でも2万円以上もする。なんとなく悔しいので、さらに1,000円追加して、クラスJというワンランク上のシートにしてもらった。座ってみると、たしかに広い。エアアジアの3倍くらいの広さがある。つまり、パーソナルエリアと料金は比例していると言えそうだ。

ただし、1時間45分のフライトでは、LCCとクラスJの差を満喫する気持ちには到達できなかった。1時間ちょっとならLCCでもいいや、という印象である。JAL最終便の機窓が暗く、朝のエアアジアに比べて退屈だったからかもしれない。1時間45分の飛行機は退屈で、8時間2分の2429Dは飽きなかった。そういえば暇つぶし対策の本やゲーム機はカバンから出さなかった。鉄道好きもここに極まるという次第であった。


釧路空港から羽田は1時間45分

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
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『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
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