片山峻徳
(かたやま・しゅんとく)

シーフード料理が自慢のレストラン、「Cardenas Ocean Club」店長。 お客様をカリフォルニアにトリップさせることに情熱をかける男。

http://www.cardenas.co.jp/

バックナンバー

Cakebread Cellars
Rutherford, CA 94573

http://www.cakebread.com/

ケークブレッド──ケーキやパンを連想させる響きだが、これは造語ではなく、れっきとしたファミリーネームだ。すべてはプロの写真家だったジャック・ケークブレッドが、撮影の仕事でこの地を訪れたときからはじまったという。ジャックはあっという間に美しい葡萄の谷の風景に魅せられた。ナパでの仕事を終え東海岸に戻ったジャックに、この土地でワイン作りを手掛けていた友人がワイナリーの売却を持ちかけると、彼はそのままナパへとんぼ返りしてその商談に飛びついたという。1973年のことである。

家族経営のワイナリーが数多く見られることもナパバレーの特色だが、ケークブレッドもそうしたワイナリーのひとつ。ジャックがなかば衝動的にワイナリーを手に入れ、夫人のドロレスとともにナパバレーに移り住んだとき、彼らには事業を成功させるためのプランはおろか、ワイナリー経営に関するノウハウもほとんどなかったという。それから28年の歳月を経た現在のケークブレッド・セラーズは、彼らの息子たちが中心となって、プロフェッショナルな運営が行なわれている。長男のブルースが、カリフォルニア大学で醸造学を学んだのち、1979年に同ワイナリーのワイン作りに、そして1986年には、カリフォルニア大学に学び公認会計士の資格を取得したもう一人の息子デニスが経営に加わった。二人の息子たちは父と母が始めた「自分たちの」ワイナリーを続けるためにそれぞれの役割を考え、専門知識を身に付けたのだった。クラシックでアットホームな雰囲気を守りながらも、ケークブレッド・セラーズがつねに洗練されたイメージを失わずに人気を集め続けている理由はこのあたりにあるのかもしれない。

創業以来、ケークブレッドファミリーのワイン作り哲学は一貫したクオリティ第一主義に根ざしている。このことは、独自開発の醸成タンクを駆使したユニークな製法が物語っている。最高の土壌で育った葡萄のフルーティーな味とオーク樽によって熟成される風味。これらを絶妙に調和させる手段として、同ワイナリーではステンレスと木樽の2種類のタンクを使って葡萄を発酵、醸成させたあと、これらをブレンドするのである。 彼らの醸造法はシャルドネ種によるワイン作りでよく用いられる、いわゆるスキンコンタクトと呼ばれるもの。ケークブレッドでは第1次発酵のあと、2週間に及ぶマセラシオン(果汁の発酵中に果汁と果皮を接触させること)、そして第2次発酵(アロマティック発酵)。続く熟成プロセスを、フレンチオークで作った木樽を使ってじっくりと行なう。こうした二つのタンクの使い分けによって、ワインの骨格がリッチかつまろやかなものになるという。こうしてできあがったワインのテイストをアメリカ人たちは「フレッシュ・アンド・フルーティ」と表現する。

歳月を経てケークブレッド・セラーズは畑の規模を少しずつ拡大してきた。1982年のラザフォードランチ(Rutherford Ranch)、1985年のヒルランチ(Hill Ranch)、1987年のリバーランチ(River Ranch)と、ナパに点在する豊かな土地を次々と購入し、現在ではおよそ30ヘクタールにおよぶ自社畑を所有するまでになっている。

ケークブレッド・セラーズの家庭的なイメージは、やはりジャックの妻ドロレスの存在によるところが大きい。創業間もない頃、ドロレスはワイナリーに来訪客が現われると自ら食事をふるまってもてなしたという。そんな彼女はやがてワイナリー内に作ったレストランでクッキングスクールを開催するようになった。こうしたイベントを通して、彼女はケークブレッドのワインとそれにぴったりのレシピを広めようとしてきた。彼女が主催する「アメリカン・ハーヴェスト・ワークショップ」は毎年の恒例行事となっている。ワークショップでは地元の豊かな畑で収穫した食材を使って一流のシェフが腕をふるうという。 ワイナリーの一角にはドロレスご自慢のハーブ園がある。彼女のキッチンの前に広がるハーブ園は、なんとカリフォルニアを代表する超プレミアムワイン「OPUS ONE」の葡萄畑と隣接している。「なぜ葡萄ではなくてハーブを植えるんです?」 最高級のワインを生む土で、葡萄ではなくハーブを育てる彼女にむかって多くの訪問客が同じ質問をするという。「ここは私だけの畑なの。だから私が好きにしていいのよ」 彼女はにっこり笑ってそう答えるそうだ。こうしたところで彼女だけの贅沢がどんなものなのか知ることができるような気がする。

彼女はまた、この土を使って日本茶も栽培している。アメリカでは日本茶もハーブティとして知られているせいもあるのだろう。それを思い立ったとき、彼女はわざわざ静岡の茶園に電話を入れて苗を取り寄せたのだという。現在でこそ老齢となり、表舞台に立つ機会が少なくなったドロレスだが、彼女の意志を受け継いだこうした行事やこだわりは今もなお守られ続けられている。

ジャックとドロレスは恋人同士だった高校生時代、デートがわりに桃やアーモンドを一緒に収穫したという。彼らは当時二人の未来についてどんなことを話し合ったのだろうか。ナパバレーはそんな彼らの人生の目的地として運命づけられていたのだ。ケークブレッド・ワイナリーを一度訪れてみれば、二人の夢が今もなお彼らのワイナリーで育まれて続けていることがわかるはずだ。

 

→ TOPページ