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■西部開拓時代の伝承物語~黄金伝説を追いかけて

 

第5回:ド・プラッツの黄金~ウソから出たマコト

更新日2024/05/16

 

話はグンと遡る。この伝説のタネ本は1757年にイギリスで出版された『ルイジアナの歴史』だが、著者の名がド・プラッツ(Du Pratz)なので、黄金伝説は“ド・プラッツの黄金”として知られるようになった…お話だ。
 
当時、広大なアメリカ中部、中西部はフランス領だった。この話の主人公もニューオルリンズに生まれ、そこで育ったフランス人だ。彼の名はリー・ペイジ・ド・プラッツ(Lee Page Du Pratz)。プラッツは冒険、探検が好きでルイジアナ領域と呼ばれていた、ミシシッピー川流域だけでなく、アーカンソー川を遡り、現在のコロラド州、カンサス州、オクラホマ州を旅し、それを1750年初頭に『ルイジアナの歴史』という本にまとめ、詳しい地図入りで出版した。

もちろんフランス語だったが、1757年に英語版がロンドンで出版されたところを見ると、彼の本はベストセラーにこそならなかったが、英語圏の人々、これからアメリカ大陸に移住しようと目論んでいる人に広く読まれたのだろう。
 
その本にある、彼の手書きの地図は詳細で、現在の地図に重ねても、ほとんど違いがないくらいだ。プラッツは距離、方位を記すだけの測量の技量を持っていたのだろう。

この本は『ルイジアナの歴史』と銘打っているが、むしろルイジアナ領域の地理史と呼んだ方が当たっている。彼が歩いた広大な地域の描写、土地の質、雨量、インディアンの種族などなど、情報が正確で大袈裟な表記はしていない。

この本の中で大きな“金鉱”があると書いている場所が、現在のカンサス州、ウイチタ界隈の辺りで、他の記述が正確なだけに、この金鉱も本当にある…と信じた山師がスワッとばかり、黄金郷、金鉱探しにその界隈を彷徨ったのだ。カリフォルニア、コロラド、アラスカのゴールドラッシュの遥か以前のことだ。金に取り憑かれた人は、いかに些細な兆候、事実とも呼べないウワサにも舞い上がる傾向がある。

プラッツがはっきりと金鉱と書いているのだから、必ずどこかに金の鉱山がある、彼がデタラメを書くはずがない…と演繹され、それに尾鰭がついて、ウイチタ金鉱談が広がった。
 
だが、現在に至るまでウイチタ界隈で金の鉱山は発見されていない。

私自身フランス語に暗いので確信を持って言えないのだが、“Mine d’Or”という表現は必ずしも”金鉱山“を意味していない。私が多少知るスペイン語では”Mina de Oro”という言い方は一般に良く使われ、何かがふんだんに、たくさんあることを意味し、必ずしも金鉱を意味しない。例えば、レストランのとても良いロケーションを大袈裟に、「あの場所はミナ・デ・オロ(金の鉱山)だ」と使われる。

当時、ウイチタ界隈は未開の大草原で、バッファローの大群が生存していた。だから、その界隈に入植するならば、バッファローを容易に捕ることができるし、牛もよく育つに違いない草原がある、これぞ金鉱だと、呼んだだけのような気がする。彼の本を英訳した時に、ただ逐語訳的に“Gold Mine”としたことが黄金伝説を創り上げたのではないかと思う。
 
ところが、1909年にウイチタの住人ジム・ミードなる人物が過去を執念深く調べたところ、プラッツがこの地域を訪れる数年前にある探検隊がメキシコ、コロラドからの黄金を持ち帰るため、リトルアーカンソー川の激流を降った事実を発見したのだ。その探検隊がインディアンの猛攻に遭い、生存者一人を残し全滅し、その時河岸に黄金を埋めたと、生き残った人物が証言したのを、プラッツが聞き、そのことを彼の本に書いたのではないか、金鉱とは探検隊が持ち帰った金を指しているのではないかとジムは言うのだ。

その探検隊の黄金伝説をプラッツが耳にし、彼の本に書き留めた可能性は充分ある。

メンバーの一人が証言したというアーカンソー川はコロラドのロッキーに端を発し、異常にクネクネと曲りくねった川で、それが東からウイチタ付近で南に大きくベンドしている。ウイチタは今でこそ航空機産業、周囲の牛を集め処理する大集散地になっている都会だが、プラッツが旅した時は、西部劇にあるような、メインストリートが一本村の真ん中を貫き、木造の酒場、雑貨屋などのバラックが建っているだけだった。そんなところにスワッツとばかりに金に取り憑かれた男たちが殺到したのだ。
 
その中にジェシー・チザム(Jesse Chisholm)という交易者、大平原のガイドがいた。彼は1836年に本格的な黄金郷捜索を行った。そして、彼は金鉱の噂を広げ、金鉱探しに必要な道具などを取り扱うショーバイ、トレーディングポストを設けたのだ。ということは、ジェシーはなかなかの起業家だったに違いない。黄金伝説を広げ、人が集まれば当然、食料はもとより銃、弾薬、キャンプ道具が必要になる。ここで金鉱で一番確実に儲けるには、シャベル、ツルハシ、モッコなど、掘る道具を売ることだ。それをジェシーは実践したのだ。

Jesse Chisholm
ジェシー・チザムと言われている肖像画
画家は不明だが1835-1836年に絵に描かれるくらいジェシーは大平原の成功者だったのだろう
残念ながらド・プラッツの肖像画を見つけることができなかった

今までのところ、ウイチタに金鉱は見つかっていないし、探検隊が埋めたという金、銀も見つかっていない。鉱山の探索、地質学が進んだ現在、ウイチタ界隈の地層に金鉱はありえない…ことになっている。 
 
だが、ジェシー・チザムが交易に使ったトレイルは彼の名を取り“チザム・トレイル”として残り、テキサスからあの長いツノを持った牛をカンサスまで運ぶ、勇猛な牛追いのメイン・トレールになった。

-…つづく
 


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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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