第158回:私の蘇格蘭紀行(19)
更新日2010/01/14
■ダンカンズビー岬へ(前)
4月15日(木)快晴。朝食を提供してくれたB&Bの女主人、昨日よりは少しばかり警戒心が解けたらしく、「どうやらこの男、悪いことはしないらしい」という思いで接してくれているようだ。
今日はブリテン島の北の果てジョン・オ・グローツ(John O'Groats)に行くことに。これは、私としてはめずらしく、旅程の最初から計画していることだった。
ジョン・オ・グローツまではオンボロバス。本当に「田舎のバスはオンボロ車」というやつである。乗りながら、一体どこまで踏み行っていくのかと不安な気持ちになる。途中、少し人の住んでいそうな場所を通ったが、再びまた草原へ。右手に飛沫をあげながら光る、広い広い海を見ながら、ウイックの駅から1時間弱、ようやくジョン・オ・グローツに到着する。
スコットランドの最後の家(北端)と呼ばれる展示館の売店で、そのことが描かれている絵はがきを買う。こちらからは何も言わないためか、期待していた最北端の消印(「地球の歩き方」にはもれなく押印されると書いてあったが)は押してもらえなかった。
ここの店員の女性と、インフォメーション・センターの担当の女性それぞれに、北端の北端ダンカンズビー岬(Duncansby
Head)への行き方を聞く。二人とも、「この道をまっすぐ行ってください。2マイル半(約4㎞、1里ということか)の道、簡単に行けますよ」と教えてくださった。
ところが、聞き間違ってはないとは思うものの、言われたとおりに行くと、牛や羊を飼っている牧場の柵にぶつかってしまうのである。四方を見渡してみたり、二度ほど引き返してみたりしたが、他の道はまったく見つからない。
「ちゃんと教えてくれなきゃわかんないだろう」。悪態をついても、言葉は虚しく消えてゆくだけである。
仕方がない。その柵を飛び越えていくことにした。芝のデコボコ道を150メートルほど歩く毎にある全部で五つの柵を、足を掛け跨いで越えていった。今度は少し直線、それが終わると二股に分かれる。
方角的に左のような気がするが、左に行くと、低い柵越しにひとっ飛びでその柵を越えそうな牛がいるのである。羊はたいへん温和しいので、その脇を通ることはどうと言うことはないが、牛には正直怖じ気づく。
「どこかでもう一度道を聞こう」と思い立ち、右前方を見るといくつかの人家があった。そのひとつの、住居に隣り合わせて農機具や車などを収納する小屋を持った、まさに農家の家屋まで300メートルの道を上っていく。
いきなり見知らぬ東洋人が訪ねるのである。警戒心で銃でも構えられないかと、内心緊張していたが、"Excuse
me!"と声をかけた後、呼び鈴を鳴らすと、電話をかけている最中で、右手に受話器を持ったままの若奥さんが玄関に出てきてくださる。彼女の後ろには、とても小さな二人の子が、めずらしげにこちらを見ていた。
「ああ、ダンカンズビーでしたら、あのキャビンの見えるところを左に行って・・・だいたい15分くらい歩けば着けますよ」と優しく教えてくださった。ホールドアップが杞憂に終わって良かった。というか、可愛らしい人だったな。
・・・それから20分近く歩いても、それらしいものには辿り着けない。自分は足が遅いのだろうかとボンヤリ考えながら歩いていたら、難所に出会した。再び牛である。さっきは避けて迂回できたが、今回は彼らの真横を通るしか道がない。
さらにいけないことに、先ほどの牛にくらべてかなり大きい。何という種なのだろうか、日本の牛の倍ぐらいの大きさである。彼らにしてみればひと跨ぎの柵を挟んで、目を合わせないように急ぎ足で通っていく。あまりの大きさにぜひ写真をと思ったが、下手にカメラを向けて怒らせでもしたら大変なことになる。あきらめて、静かに静かに通り過ぎた。
一つ丘を越えると、またつづら折りになった登り道。途中家族連れの車とすれ違うたびに"Hi ya!"とあいさつする。まったく屈託がない。ズボンの下にタイツを穿いていたので寒さは凌げるが、風の強いのには少々まいった。幸いにも快晴で、その点は助かったが。
草原のあちこちに羊がいる。途中野うさぎも出てきたのでカメラに収めた。彼(彼女?)は写真を撮る間はじっとしていて、取り終わると飛んでいってしまった。
若奥さんに15分と言われた地点から30分近くは歩いただろう、漸く、その岬にたどり着いた。
-…つづく
第159回:私の蘇格蘭紀行(20)