第40回:野毛ダラ会
更新日2004/12/02
今年の2月、東急東横線は「桜木町」と縁を切ってしまった。東横線と言えば、渋谷駅-桜木町駅(資料によると昭和7年から72年間)として定着していた「足」を簡単に切り落としてしまっていいのだろうか。横浜駅からJR線に乗り換えて桜木町に向かうとき、錆び付いた「旧」東横線のレールを見ながら、少し感傷的になってそう思うのだ。
「中華街に1本で行けるんだもの、便利になったわ」と言う方がいらっしゃる。その通りなのだろう。でも私は、「野毛には1本で行けなくなったんですよ」と、ついむきになって反論してみたくなる。
私が考える一番大きなデメリットは、実はここにあるのだ。路線変更で海側ばかりがもてはやされ、愛しい野毛の飲屋街は東横線がなくなったことで大きな打撃を受けているはずで、これが心配だった。
昨年まで2、3回程しか行ったことがなかったが、私は野毛の飲屋街が殊の外好きだ。いろいろな店が雑多に集まり、そのひとつ一つの店がみな独特の雰囲気を醸し出している。今流行りの類型化した居酒屋チェーンは、この街には似つかない。しっかり拵えた味の良いつまみを、しかも驚くほど廉価で出してくれる店が多いのだ。
先述の懸念もあり、野毛でまた飲みたくなった。そこで、今年の4月中旬、私の店によく顔を見せてくださるお客さん10人あまりと有名な「野毛の大道芸」を観に行き、そのあと「野毛でダラダラ飲もう」という企画をした。午後1時から3時頃まで大道芸を観た後、深夜11時過ぎまで2、3軒を梯子し、文字通りダラダラとただ飲み続けるのだ。これがとても楽しかった。
野毛は日曜日にもかかわらず、多くの店が開けていて大道芸の影響も大きいのか、活気があるように見えた。まずは一安心、やはり野毛は本当に良いところだと言うことで、この「野毛ダラ会」の2回目を、初回から半年と少し経過した先日の日曜日に行なった。今回も12人ほどの団体だが、大道芸などを観る目的のない純粋な「飲み会」で終電までの梯子酒となった。
1軒目は、野毛坂通り沿いの2階にある居酒屋「S」。後から集まる参加者も数人いたため、初回の時と同じ店にした。入ってすぐにカウンター席、ボックス席が数席あって、奥が掘り炬燵式の座敷になっており60人ぐらいは入れるスペースがある。
座敷の一番奥に大画面のテレビが備え付けてあって、お決まりの競馬中継を放映していた。先日はジャパン・カップの日だった。すぐ近くにあるJRAの場外馬券売り場で買った馬券を持参してテレビをじっと見つめているオヤジ客がほとんどだ。彼らは、一様にあまりつまみは頼まず、チューハイなどをチビチビやっている。
レース中は「行け、そのまま行け」「そこからまくるんだよ」「あちゃー、馬群に消えちまったよ」などと声を上げているが、最終レースが終わってしばらくすると、きれいにいなくなっているのだ。
私たちはと言うと、生ビールに始まり焼酎のソーダ割り(ソーダ水は店でペットボトルに汲み入れて出してくる。取れたてのようなシュワシュワした感じがよかった)をぐんぐん飲んでいく。うまくて安いつまみも何種類も頼み、平らげていった。終盤には、「よく飲んでくださいました」と店の人がフルーツのデザートを持ってきてくれたが、それをつまみに更に飲んだ。
2軒目。4月の時は鯨を食べさせてくれる「K」に入り、久し振りにベーコンやカツを食べて、またしこたま飲んだ。やはり手に入りにくいのか、他のつまみがみな廉価なのに、鯨関係のものはそれなりの値段がした。それでも、東京の鯨の店に比べればはるかに安く、大いに盛り上がった。
今回は、残念ながらその店が営業していなかったため、別の店を探した。何の飾り気のないビルの階段の下に「飲み処 食べ処 T」確かこんなふうに書かれた小さな看板があった。なぜか素通りできないで、先を行くみなさんを呼び止めて入ってみることにした。入ってすぐに5、6席のカウンター、奥に10人ほど座れる小上がりがあって、空いていたので一同そこに座る。
正解だった。つまみは100円から、高いもので600円。300円が主流だが、「韓国チャンプル」「焼きうどん」などのたっぷりボリュームで、しかもとても旨いものがこの価格で食べられる。100円のお新香も実にいい味だったし、「馬のたてがみ」はよく脂が乗っていて600円。焼酎2本とウイスキー1本をキープし、11人が腹一杯飲み食いして、会計が1万8,000円だった。
ご夫妻で経営されている様子で、明るく働き者のおかみさんは、腰が低くテキパキと料理を出してくる。店の名前もこの方から取ったそうだ。昔は随分と遊んできたが、今はかあちゃんの手伝いを真面目にやっています風のご亭主も、寡黙でいい雰囲気の方だった。
最後は、初回と同様、黄金町の風俗街の一角に位置する老舗のバー「A」。ここだけは、店のお客さんの紹介だった。カウンターは15席ほどゆったりつくられていて、奥に大きめのボックス席。前回同様、そちらに陣取る。オーナーは前回のことを憶えていて歓迎してくださった。
この店は開店してから40年と言うことだが、とにかく渋い造りだ。ジューク・ボックスからはオールディーズが流れ和やかな雰囲気なのだが、その反面、港のバーらしく乾いた緊張感も漂う。まさに、向こうからマイトガイやエースのジョーが登場してきそうなのである。
私たちはこの店で、締めの1、2杯を飲んで、8時間以上に及ぶ第2回「野毛ダラ会」をお開きにした。最後の店あたりから恒例の猛烈な睡魔に襲われていた私だったが、みなさんの叱咤激励のおかげで何とか無事帰還することができた。いくら飲んでも眠くならない薬はないものだろうか。
第41回:ラグビー早明戦の様式美