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第409回:流行り歌に寄せて No.209 「恋の奴隷」~昭和44年(1969年)

更新日2020/12/03


奥村チヨの歌の中で、私にとって一番印象深いのが、NHKドラマ『チコちゃん日記』の主題歌『チコちゃんの歌』である。これは当時17歳の女優・柴田美保子(後の市川森一夫人)が高校生役で主人公の青春ドラマで、昭和40年の4月から1年間にわたり、毎週月曜日から土曜日の午後6時30分から6時50分までの20分間、放映されていた番組の最後に流されていた。

永六輔:作詞、中元清純:作曲のアップテンポの曲で、「あなただって 若い時があったはず あるはず 今はだまって 私のことを認めて欲しいの」と言った歌詞で、「あったはず~っ あ~るはず~っ」と、奥村チヨが少し舌ったらずな歌い方をするところが特徴的だったのをよく覚えている。

この放送と同じ年の昭和40年3月5日に、多木比佐夫:作詞、津野陽二:作・編曲の『あなたがいなくても』で、東芝レコードからレコードデビューを果たすが、吹き込まれたのがどちらが早いのかは、今回はっきりわからなかった。もしかしたらNHKの『チコちゃんの歌』の方が彼女の最初の吹き込みかもしれない。今はNHKでチコちゃんと言えば、白目を剥いて怒り狂う、可愛くもない女の子のキャラクターだが…。

同年、デビューと同じコンビによる『ごめんね…ジロー』が大ヒットし、和製シルヴィ・ヴァルタンとも呼ばれ、黛ジュン、小川知子とともに『東芝三人娘』として人気を得ていた。

その後、『北国の青い空』など、スマッシュ・ヒットはあったが、大ヒットには恵まれず、デビューから4年近く経過した後に出されたのが、今回の『恋の奴隷』であった。

 

「恋の奴隷」 なかにし礼:作詞  鈴木邦彦:作曲  川口真:編曲  奥村チヨ:歌

 
あなたと逢ったその日から

恋の奴隷になりました

あなたの膝にからみつく

小犬のように

だからいつもそばにおいてね

邪魔しないから

悪い時はどうぞぶってね

あなた好みの あなた好みの

女になりたい

 

あなたを知ったその日から

恋の奴隷になりました

右と言われりゃ右向いて

とても幸せ

影のようについてゆくわ

気にしないでね

好きな時に思い出してね

あなた好みの あなた好みの

女になりたい

 

あなただけに言われたいの

可愛い奴と

好きなように私をかえて

あなた好みの あなた好みの

女になりたい

 

彼女の歌唱を知らない、今の方々の中には、詞の内容をとても奇異に感じられる人も多いと思う。
この曲が発表された50年以上前でも、男性にあまりに隷属的な歌の内容として批判をされた。また、歌った奥村自身も、自分の恋愛観とはかけ離れていて、最初は歌うことに大変抵抗があった、と後日述懐している。

私も中学生ながら、「あんまりだ、こんな女性がいるのだろうか…」と呆れたものである。
ただ、今考えてみて気付くのは、この曲を聴いた人が受ける印象を予め充分理解しており、その上で発表した、なかにし礼という作家の緻密さである。ある種の嫌悪感さえ抱かれることは承知で、奥村の持つ蠱惑的な魅力がそれを凌駕して、「この曲はヒットする」と踏んだ才覚が、彼にはあったのだと思う。

その後、同曲と同じ作者による『恋泥棒』(編曲も鈴木邦彦)と『恋狂い』も「恋三部作」シリーズとして好調に売れていく。

次には、作曲を筒美京平に変えて、『くやしいけれど幸せよ』山上路夫、『嘘でもいいから』川内康範、『中途半端はやめて』なかにし礼、それぞれ作詞とレコードの盤面から色香が匂ってくるような艶のある曲が、昭和45年、1960年代の最後まで続いた。

昭和46年、1970年代年に入ってからも、今度は橋本淳と中村泰士が組み、『甘い生活』『川の流れのように』と曲調は変わっても、路線が保たれるような曲が続いていたが、その年のクリスマス、12月25日に発売された曲で、奥村チヨは大きくイメージを変えることになる。《次の奥村チヨの曲ご紹介の回まで続く》



-…つづく

 

 

第410回:流行り歌に寄せて No.210 「世界は二人のために」~昭和42年(1967年)、「いいじゃないの幸せならば」~昭和44年(1969年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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