第410回:流行り歌に寄せて No.210 「世界は二人のために」~昭和42年(1967年)、「いいじゃないの幸せならば」~昭和44年(1969年)
今回『いいじゃないの幸せならば』について書こうとしていて、このコラムで、その前のヒットでありデビュー曲の『世界は二人のために』の時は何を書いたのだろうと、丁寧に作っていただいてあるバックナンバーを遡ってみた。
あれ? 見つからない?? 何とも間抜けな話である。書き忘れていたのである。あとひと月足らずで「前期高齢者」のお仲間に入れていただく年になったとはいえ、最近いろいろな意味でうっかりが多くなって来ている。
ここは時間も飛んでしまっているし、バタバタしてしまって誠に申し訳ございませんが、二つの作品を同時に書くことをご容赦ください。
さらに、この後忘れてしまっている何曲かを1960年代が終わった時点で、改めて紹介させていただくことになると思います。その不手際も、どうかお許しくださいますよう、お願い申し上げます。
それでは『世界は二人のために』。この曲が最初明治アルファチョコレートのCMだったことはよく覚えている。薄(すすき)だったか荻だったかが生い茂っている草原で、石坂浩二と小川知子の恋人同士の二人が寄り添って歩いている。
歌は男声コーラスで「あなたと二人」の部分が「君と二人」と歌われていた。美しいショットで、小学6年生の自分にとって、恋愛に仄(ほの)かだけれど、確かな憧れを感じさせる映像だった。石坂浩二25歳、小川知子18歳くらいの青春の時である。
昭和42年5月に出された佐良直美の歌唱は、耳にしっくりと入ってくる落ち着いたアルトで、伸びがあり素晴らしかった。この年の『第9回日本レコード大賞』の新人賞を獲得し、大晦日の『第18回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしたのも、実力通りだった。
今回、詞をよく見てみると、すべて二音、七音の繰り返しが4回、そして「二人のため世界はあるの」を2回繰り返す。それが実によく計算されていて、しかも自然であり、山上路夫という作詞家の力量が遺憾なく発揮されている。
そして、それを単調なものにせず、歌が進むごとにイメージが膨らんでいくメロディーを紡ぎ出したいずみたくも、本当に素晴らしいと思う。
余談だが、もう9年ほど前に亡くなり、私たち自由が丘のバー仲間の「親父」とも「パパ」とも言われ慕われていたAさん(89歳までカウンターに立たれていた)の愛唱歌が、この『世界は二人のために』だった。
組合の旅行で時々披露してくださったが、音程をしっかり捉えるタイプではない歌い方だが、聴くものを感動させる歌であり、この方のお人柄、来し方を窺い知るに充分なものであった。歌の持つ力というものを再認識させられたのである。
「世界は二人のために」 山上路夫:作詞 いずみたく:作・編曲 佐良直美:歌
愛 あなたと二人 花 あなたと二人
恋 あなたと二人 夢 あなたと二人
*二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの*
空 あなたとあおぐ 道 あなたと歩く
海 あたたと見つめ 丘 あなたと登る
(*くりかえし)
なぜ あなたと居るの いつ あなたと会うの
どこ あなたと行くの いま あなたと私
(*くりかえし)
愛 あなたと二人 花 あなたと二人
恋 あなたと二人 夢 あなたと二人
(*くりかえし)
そして、2年と2ヵ月。その間、6枚のシングル盤を出していたが、ヒットを飛ばすことができなかった佐良に大ヒットが生まれた。『世界は二人のために』を手掛けたいずみたくは、最初、岩谷時子によって書かれたものに「とんでもない作詞をしてきたものだ」と驚いたそうである。
すべての事象において、常に「あなたと二人」と歌っていた女性が、「つめたい女、わるい女、浮気な女」と呼ばれても「いいじゃないの」とクールに言い切ってしまう。芝居や映画のタイトルではないが、「何が彼女をさうさせたか」と思わせてしまうのだ。
さすがに、中学校2年生の私には理解できなかった。というよりも、その内容すら何を言っているのかがわからなかったのである。「あの子」という言葉が男性のことを言っていることさえ。
「いいじゃないの幸せならば」 岩谷時子:作詞 いずみたく:作・編曲 佐良直美:歌
あのときあなたとくちづけをして
あのときあの子と別れた私
つめたい女だと人は言うけれど
いいじゃないの幸せならば
あの晩あの子の顔も忘れて
あの晩あなたに抱かれた私
わるい女だと人は言うけれど
いいじゃないの今が良けりゃ
あの朝あなたは煙草をくわえ
あの朝ひとりで夢みた私
浮気な女だと人は言うけれど
いいじゃないの楽しければ
あしたはあなたに心を残し
あしたはあなたと別れる私
つめたい女だと人は言うけれど
いいじゃないの幸せならば
前回ご紹介した『恋の奴隷』のような極端に男性に隷属的な女性と、またその反対に大変にクールな女性。1960年代の終盤、歌謡曲の世界にもいろいろなタイプの女性が登場してきたということかもしれない。
佐良直美はこの曲で、昭和44年の『第11回日本レコード大賞』の大賞に輝く。大本命だった森進一の『港町ブルース』を僅か1票差で抑えての受賞だった。
レコード大賞の新人賞、大賞ともに受賞したのは当時、橋幸夫以来二人目、女性としては初めての快挙だった。そして、当然『第20回NHK紅白歌合戦』にも出場している。
因みに、この年からレコード大賞と紅白が同じ大晦日の開催となり、かの有名な会場の大移動が始まったらしい。(それは、平成17年まで、36年間続いた)
もう一つ、忘れるところだった。先ほど『世界は二人のために』から『いいじゃないの幸せならば』までヒット曲はなかったと書いたが、その間の年の昭和43年に出された、確かにヒット曲とは言えないが、今でも私の耳の中に残っている曲がある。
それはTBSドラマ、京塚昌子主演の『肝っ玉かあさん』のタイトル曲で、竹山典子(てんこちゃん)役で佐良自らも出演している。(原作者である平岩弓枝:作詞 いずみたく:作曲 大柿隆:編曲)(いずみたくとは本当にご縁のある人だ)
「頼りにしてるよ ねっ 肝っ玉かあさん!」
覚えていらっしゃる方は、どのくらいいるのだろうか。
-…つづく
第411回:流行り歌に寄せて No.211 「人形の家」~昭和44年(1969年)
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