かお
杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)

1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、1996年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。

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第5回:"あすなろ"に会った日

私たちが幼いころ、「知らない人に声をかけられたら、たとえそれが親切だと思っても、付いて行ってはいけませんよ」と教わった。そんな習慣ができたとき、時代を嘆いた人々は多かっただろう。そしていま、私たちは子供たちに「インターネットで誘われても付いて行ってはいけませんよ」と教えなくてはならない。

出会い系サイトに関連した殺人事件が多発している。嘆かざるを得ない。 それでもインターネットでの出会いはすばらしい。私はインターネットを通じてたくさんの友人を得たし、思い出に残る恋愛もあった。人は人と出会うことを望んで生きている。車寅次郎のセリフだっただろうか、「オレは恋でもしてなけりゃ、飯食ってウンコ出す機械だよ」 それは強烈でわかりやすい人生観だと思う。

さて、恋愛情話ではないけれど、ネットでの印象深い出会いがあった。私は大手パソコン通信サービスの電子会議室に参加しており、その中に"あすなろ"という青年がいた。電子会議室でのやり取りが盛り上がってくると、「みんなで会おうか」という展開になる。そして何度か誘い合わせて遊んだ。しかし、何度も呼びかけたけれど"あすなろ"は来なかった。私たちは不思議で仕方なかった。本当は嫌われているのではないか? じつは男の子のフリをしている女の子ではないか? ほんとうは年寄り、あるいは小学生? 私たちは活字を通じてしか彼を知らない、ネット上でプロフィールを偽る人は少なくない。ネット上に存在する人は、本当は誰なのか? 答えは本人に会うしかわからないのだ。

何度かの詮索めいたやり取りのあと、彼はついに自分を語った。彼は車椅子で生活していた。病名は覚えていないが、彼によれば筋肉が衰えており、それが進行するかもしれないし、しないかもしれない、ということだった。

しかし、私たちにとってそのこと自体はたいした問題ではなかった。私たちはすでに、"あすなろ"が心優しく、前向きで、元気な人だと知っている。渋谷や銀座、遊園地で遊べない理由もよくわかった。私たちは彼の住む街で、彼がよく行くという居酒屋を次の遊び場所に選んだ。そして、いつものとおり酒を飲み、話に花を咲かせ、カラオケで盛り上がった。

私はボランティアに参加して誰かの世話をするタイプの人間ではない。もし、ネットというコミュニケーション手段がなかったら、私は"あすなろ"と知り合うことはなかったし、酒を酌み交わすこともなかった。街で彼と同じ境遇の人を見ても、ちょっと手助けをすることはあっても、友だちになろうとは思わなかったと思う。

その後、言葉が不自由な走り屋や、車椅子のサイドカーライダーとも知り合った。ネットが私自身の交流の幅が広げてくれたように、いままで行動範囲が限られていた"あすなろ"のような人にも世界を広げている。

駅で長い階段を上るときや高速道路のサービスエリアで車椅子用の駐車スペースを見かけるとき、私は"あすなろ"を思い出す。彼のような車椅子ユーザーも渋谷や銀座の飲み会に気軽に行ければいい。日本の隅々まで、世界のどこまでも出かけられたらいい。この感覚は学校や親からではなく、ネットから学んだことだ。

私たちは次の世代にどんなメッセージを残すべきだろうか。ネットがもたらすリスクだけでなく、ネットから得られるメリットも、しっかり伝えようと思うのだ。

 

→ 第6回:プロゲーマーと"クラン"


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