かお
杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)

1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、1996年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。

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第13回:インターネットの“無限の自由”

10月1日、サンフランシスコで“公共施設のパソコンにフィルタリングソフトなどを使ってはいけない”という条例案が可決された。フィルタリングソフトとは、特定の情報を遮断するソフトウェアのことで、子供が使うパソコンにインストールすると、ポルノや死体画像などをテーマとしたサイトを閲覧できなくなる。日本でも発売されているし、すでに導入済みの学校や企業も多い。家庭や学校では教育のため、企業では社員のサボタージュ防止のため、フィルタリングソフトはパソコンを管理する人に便利なソフトである。

それをサンフランシスコは“学校や図書館などの公共施設”にかぎり“使ってはいけない”と条例で決めてしまった。有害サイトを規制してはいけないことを不思議に思われるかもしれないが、これは、インターネットの発祥の理念を重んじる立場として大いに喜ばしいことだ。

インターネットの本来の目的は、デジタル情報をグローバルなサイズで共有しようというものだ。インターネットはもともと米国の学校や研究機関のコンピュータを相互に接続したネットワークが始まりである。離れた場所にいる研究者たちがオンライン上で情報を共有することで、すでにあるデータベースを別の研究者が初めから作り始めるという無駄がなくなる。メールシステムは時差を超えて多忙な学者たちのコミュニケーションを円滑にする。“情報の共有”こそがインターネットの本分であり、広告やデータ販売のインフラという要素は副産物にすぎない。

サンフランシスコのフィルタリングソフト禁止条例が生まれた背景には、昨年12月に成立し、今年3月から施行された児童インターネット保護法(CIPA)がある。CIPAでは、連邦政府から資金助成を受けている学校や図書館にはフィルタリングソフトのインストールを義務付けている。この法律はいま、インターネットの自由を守ろうとする人々によって違憲訴訟が起こされている。

フィルタリングソフトが情報を制御する方法は2種類ある。ひとつは、あらかじめ問題の多いサイトを登録しておく“データベース方式”で、もうひとつはそのサイトで使われているキーワードをチェックする“検索方式”だ。しかし、この方法は両方を同時に使っても不完全だ。なぜなら、データベースに登録されない“最新のポルノサイト”は遮断できないし、サイトがテキストを含まず、画像だけなら検索にも引っかからない。検索様式によっては、閲覧してもいいページが閲覧できなくなる恐れもある。例えば、“チンチン”を禁止すれば“昭和初期のチンチン電車”というページは子供の目に触れられない。チンチン電車HPの作者からすれば、表現の自由を侵害されたことになる。

フィルタリングソフトを悪用した弊害も大きい。フィルタリングソフトを悪用すれば、公共の場所にあるコンピュータから現政権を批判するサイトは閲覧できなくなるかもしれない。消費者が企業に対する苦情や不誠実を訴えたとしても、その企業の従業員には届かない。もっと恐ろしいことに、フィルタリングソフトが巧妙に児童に情報を発信させれば、フィルタリングソフトの開発会社は、子供向け産業に売り込める潜在顧客リストを入手できる。Wired誌の報道によればN2H2社というフィルタリングサービス会社が、学校からアクセスされているサイトの情報を国防総省に販売しており、問題になっている。

インターネットの自由とは、接続している誰もが制限されることなく情報にアクセスできることである。しかし、その自由を履き違えた人々によって、インターネット本来の“高尚な理想”は侵食されつつある。そのもっとも顕著な例が“リンクの禁止”だ。新聞社のサイトや企業サイトのなかには、“サイト管理者に無断でのリンクを禁止する”主旨が大きく掲げられている。“リンクはトップページに限定する”という但し書きもある。なんと嘆かわしいことだろうか。リンク機能を持ったハイパーテキストこそがインターネットの主旨ではないか。リンクされないテキストをインターネット上に公開して、誰に見せようというのか。読者を限定したいならパスワードを使えばよいはずだ。

サンフランシスコのフィルタリングソフト禁止条例は、インターネットの自由を守るという意味で理にかなっている。“情報の規制は、情報の受信側ではなく、発信側が行なうべきことだ”という意思の現われだからだ。現在のアメリカでは、公共の場所にあるコンピュータに対して、ふたつの相反する法律がある。連邦政府の“フィルタリング義務付け”と、地方自治体の“フィルタリング禁止”だ。この成り行きは注目に値する。

 

→ 第14回:ネットカフェという名の戦場


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