第854回:日本の「女子アナ」について
貧しく、アルバイトに勢を出さなければならなかった学生時代、そして長かったヨットでの水上生活、そして今この山裾の森での生活と、テレビに親しむことなく過ごしてきました。ですが、ニュース・オタクになったダンナさんの付き合いで?テレビだけでなく、インターネットでも幾つものニュースを観る習慣が付いてしまいました。
この山裾の家の屋根に3メートルほどのアンテナを立て、グルグル回し、写りの良い方角を探していたら、アメリカの4大チャンネルの一つNBCとメキシコの放送、そして古い、もう著作権が切れた映画、テレビ番組ばかりやっているチャンネルの三つだけ、天気の良い日にという条件付きですが映るようになりました。
週に一度、谷間の大学町に降り、図書館でインターネットを使ってニュースを観ます。イギリスのBBC、アメリカのCNNとPBS、そして日本のJNN、NHK、ANNも覗きます。新聞もその時まとめて読みます。
日本のテレビの女性アナウンサー、キャスターと、アメリカ、メキシコの彼女たちの違いにはいつも唖然とさせられます。日本の女性アナウンサーは皆さん、揃いも揃って細身で、カッコ良く、しかも若く、容姿端麗を絵に描いたような顔、スタイルで、加えて服装も地味です。ブラウスの胸元など、放送協会の規制、ドレスコードがあるのではないかと思わせるくらい首近くまでボタンをかけ、首飾り、イヤリング、指輪など至極控えめで、化粧も薄すらと慎み深い節度のあるものです。
それにしても、“女子アナ(穴)”とはとんでもなく酷い差別用語だと思いました…。昔から“タラチネ”を子を持つ母親の総称としてきた日本のことですし、大相撲の懸賞にお相撲さんお巨大なお尻を背景に“イチジク浣腸”を宣伝する国ですから、直接的に女性を“穴”と呼ぶ習慣でもあるのかと思っていました。それにしても穴は酷い、それなら男子を棒という呼び方があるのか、と思っていたところ、アナは穴ではなく、アナウンサーを簡略化したモノだと、ダンナさんに教えられたのでした。
日本の女子アナに比べ、メキシコのテレビのアナウンサー(キャスター、ホスト、ホステスと呼ぶのが普通のようですが)たるや、テンでバラバラ、でも皆さん、どうだ私を見て頂戴と自信満々で、胸元をガッポリ開け、中にはかろうじて乳首が隠れるくらいの過激なドレス、ブラウスをおメシになり、今にもこぼれ落ちそうな巨大なオッパイをこれでもかというくらい突き出し強調しています。
また、バーンと張った腰、お尻にぴったりと吸い付くようなドレスにネックレス、イヤリング、指輪なども派手派手の極限を行っているのです。そして、口紅です。真っ赤でしかも光るのをグイとひき、目も元々大きくてアイシャドーなんか必要ないと思うのですが、これまたクッキリと塗りたくり、おまけに付け睫毛、長くて大きいのをバッチリと付け、マバタキでローソクの火が消せるんじゃないかと思わせます。ともかく、女であることを強調しているのです。
アメリカのキャスターは、丁度日本とメキシコの中間でしょうか、ド派手な人もいれば、スッピンで全く飾らないアナウンサーもいます。ディレクターがそんな個人的なことにまで口出ししていないのでしょう。あくまでアナウサー、キャスターの個性に任せ切っていることがうかがえます。そして、中年以上、おばさん風、中には養老院から引っ張ってきたような超ベテランのお婆さんもたくさんいます。
女性のアナウンサーの服装と話し方が、密接な関係にあることに気がつきました。グラマーで女性そのものを強調しているドレスをおメシになったアメリカ、メキシコのアナウンサーは、ジェスチャーも派手で、表情豊かに、抑揚を付けた話し方をします。天気予報の女子アナも、これから晴れの良い天気が続きそうな時には明るく生き生きと笑顔で話し、トルネードやハリケーンが発生したとなると、それがまるで彼女の責任であるかのように、悲しそうな表情で解説します。
だいぶ前のことになりますが、スペインに住んでいた時、ノルウエーの天気予報女子アナが、暑い、暑い、これからも暑くなる、と言いながらカメラの前でブラウスを脱ぎ、ブラジャーだけになったのをトピックス風のスポットで流していたのを覚えています。身体全体で表現したかったのでしょうね。
日本にそんな女子アナが登場する可能性はゼロでしょう。第一、彼女らのほとんどが自分の言葉で話しておらず、おそらくテレビカメラの横か上にある電光掲示板のテロップを読んでいるだけのように見受けられます。おそらく、ニュース番組のディレクターが書いた原稿を読んでいるだけなのでしょう。また、彼女らを採用するのは中年のお偉いさんたちで、いかにもそんなオッサン好みの若くて清楚な女子アナばかり集めているのでしょうか。
北朝鮮のテレビニュースの女性キャスターの感情を込め過ぎて、逆に一本調子、滑稽に叫んでいるようにしか聞こえない(私はハングルが全く分からないのですが)のと同じレベルに思えます。言ってしまえば、日本の多くの女子アナ、自分の言葉を持っていないのです。女子アナはニュース・キャスターではなくニュース・リーダー(新聞などのニュースをただ棒読みする)なのです。
西欧では、一般的に、自分の言葉で喋れない人間は馬鹿とみなされます。たとえどんなに突拍子もない意見でも、自分の言葉で話す人は、あの人は、あいつはとんでもない人間だと笑われるでしょうけど、なかなか面白い人間だ、ユニークな意見、人格を持った人だとみる傾向があります。
必ずしも、メキシコ、ラテン系、そしてアメリカのキャスターが優れているとはとても言えませんが、日本で女子アナという人種、もう少しリラックスして、自分の言葉でしゃべってはどうでしょうか。
それに第一、女子アナという呼び方を止めさせ、ニュース・キャスターとして独自の精神を前面に打ち出しても良い時期だと思うのですが…。
第855回:子供たちのアルバイト
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