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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第619回:私は神だ、キリストの再来だ!

更新日2019/07/25



日本の私のお姑さんは2年前、100歳を目前にして亡くなりましたが、よく“信じる者は救われる”とジョーダンを言っていました。彼女自身、全く信仰を持っていませんでしたし、オーム真理教など、“イワシの頭も信心から”などと切り捨て、それほど政治意識が高いわけでもなかったと思うのですが、選挙はいつも共産党一本槍でした。世界にゴマンとある宗教、新興宗教の教祖さんたちもお姑さんの前では形無しでしょう。

もっとも、自分自身を信じていなければ、他の人が付いきて集まり、宗教団体を形造ることはできません。また、お姑さんの口癖になりますが“イワシの頭も信心から”と言っていたように、世界に数え切れないほどある宗教の教祖様が独自の宗派を始めた時のきっかけ、オツゲなどはまさに“イワシの頭”で、よくこんな荒唐無稽なおとぎ話にもなっていないオハナシを自ら信じ、広めることができたものだと、呆れ果てるくらいのものです。

私はモルモン教と起源を同じくする宗派で育ちました。アメリカ的キリスト教と呼んでよいでしょうか、使う聖書はジェームス版ですが、教祖的存在のジョゼフ・スミスが神様の啓示に従って発見したという黄金の板に刻まれた長大な『ブック・オブ・モルモン』という経典も併用します。もちろん、そんな金の板は失われてしまいました。そんなおとぎ話を私の両親、ご先祖様たちは代々信じてきたのです。

自分でキリスト教を全く信じていない割りに聖書の考古学的知識をやたらたくさん持っているダンナさん、「宗教と言うのはそんなもんじゃないか、信じる対象よりも、本人の中にどんなことでも信じる力があるかどうかの問題になってくるんじゃないか…」と、まるでお姑さんの“イワシの頭”を引き継いだようなことを言うのです。

私はキリストの再臨(キリストの生まれ変わり)だ…という人が世界にたくさんいます。これは聖書、ヨハネの黙示録の中の預言として、キリストの再臨があると書いてあるところから、それじゃ、俺も再臨だ、キリストだと名乗る御仁が続々と現れました。しかし、キリストを産んだマリアさまの再臨は聞いたことがありませんし、したがってマリア信仰もないようです。現代の再臨キリストは聖母マリアではなく、普通の母親から生まれ出てきたのでしょうね。そして、再臨キリストを生んでくれたご母堂は、「ウチのバカ息子は何を血迷ったのか…」とでも思っているかもしれませんね。

これだけたくさんの再臨キリストがいるのですから、元々ユダヤ人だったイエス・キリストは、アフリカの黒人、シベリアに住むロシア人、南米はブラジル人、アジアでは韓国、フィリピン、果ては日本人まで雑多な人種になって生まれ変わり、とてもニギヤカなことになっています。

“世の終わり”思想……思想とも呼べない通念は、太古の昔から潮の満ち引きのように社会を覆います。聖書にもマタイ伝の中に偽のキリストが出現する時は、世の終わりが近づいた兆候だとあります。再臨キリストを自称する人にこのマタイ伝のことを尋ねてみたところで、私だけが本物で、他は皆ニセ者だと言うでしょうね。

再臨キリストの中で大いにマスコミ受けし、有名なのはブラジルのイエスです。本名をアルバロ・タイス(Alvaro Thais)と言いますが、ご本人はINRI(Iesus Nazarenus Rex Indaeorum;これラテン語でユダヤの王ナザレのイエスという意味です)と名乗り、ブラジル国内だけでなく27ヵ国も回り布教活動をしています。

この部分、大いにイギリスの新聞『デイリーメイル』(Daily Mail)からの引用ですが、ブラジルの再臨キリストさん、教団を組織し、現在“地球上の神の王国”を築くのだと、コンパウンド(囲いを回らせた地所)に信者と住んでいます。写真を撮られ、マスコミに載ることが好きなようで、もちろん白い聖衣、ギリシャのトーガのようなものを着て、まるでエル・グレコの絵から抜け出てきたようなポーズ、両手を上に向けて大きく開き、いかにも天を仰いでいるかのように顔も天を見上げたり、また、両手を胸に当て、頭を垂れ、神の前での敬虔な姿勢でと、大変な役者ぶりをみせています。もし本当のイエス・キリストが彼を見たら、「オイ、お前、俺よりズーと板に付いたポーズをとるではないか、俺より本物に見えるぞ…」と言うでしょうね。

このブラジルの再臨キリストの信者たち、どういうわけでしょうか、女性が圧倒的に多いのです。そして彼女たち、薄い水色のギリシャの彫刻にあるようなガウンに白いロープの腰紐を結んでいる姿で彼に付き従っているのです。でも、ブラジルのキリストさんは大型のモーターサイクルがお好きなようで、それに跨り後ろに女性信者を乗せ、聖衣を翻しているのはいただけません。

シベリアの再臨キリストは、ヴィサリオン(Vissarion)と言い、ロシア正教の流れですから、信者は男性ばかりです。五つの村に聖地を広げているといいます。彼は髪や髭こそ伸ばしてキリスト風にしていますが、服装はロシア的ルパシカです。

アフリカはザンビアのキリストは、我こそは救世主だ、世の終焉を救うために遣わされたと布教しています。彼は奥さんと子供5人を持つタクシーの運転手です。週末だけキリストをやっています。

日本で有名なのは又吉光男、マタヨシ・イエスでしょうか。彼は沖縄出身で中央大学を出てから沖縄で自動車のセールスマンをやったり、塾を経営したり、世界キリスト教会の牧師をやったりしていましたが、1990年頃、ヤオラ、私はイエス・キリストの再臨だと宣言し、1996年にはペルーのフジモリ政権とテロリストの和平のため、俺が調停してやるとペルーまで出かけたりしています。 

その後、一種の選挙マニアのように沖縄の宣野湾市長、名護市長、県知事、東京でも衆議院選に凝りもせず立候補して、落選を繰り返し、対立候補に対して「腹を切って死ね!」などと、およそイエスらしからぬことを言っています。それにしてもマタヨシさん、よくぞエネルギーと資金がもったものです。

これだけ世界中にたくさんキリストの再臨がいるのですから、世界キリスト再臨大会でも開いたらどうかしら。自ら「我こそ、正真正銘のキリストの再来だ!」と言い張るのですから、正露丸のように、ラッパのマークだけが純正品というようには、見極めが付かなくなり、混乱するだけかも知れませんが…。

皆さんとてもユニークな性格でバラエティーに富んでいますから、一人くらいお気に入りになるキリストさんがいるかもしれませんよ。

-…つづく

 

 

第620回:両親の老後と老人ホーム

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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