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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第171回:"逃げろ コルトン 逃げろ"

更新日2010/08/13


今年の夏のビッグニュースは、コルトン・ハリス・ムーアがついにバハマ諸島で逮捕されたことでしょう。

コルトンの名前をご存知でしょうか? 現代のロビン・フッドとか、犯行現場から蒸発してまう盗賊、裸足の泥棒として有名になり、アメリカ北西部のワシントン州からアメリカを横切り、五つの州、カナダからも逮捕状が出て、ついにFBIの指名手配になっていた少年です。

コルトン少年は盗みも盗みまくり、100件以上の空き巣、30~40台の車、5機の飛行機、ボートも数隻盗んだとされています。しかし、彼の盗みは自分に必要なものだけ(逃走に必要なものも含め)で、北西部の深い森の中で生きていく必需品しか盗らない、空き巣の被害はお金持ちの別荘で、彼には盗品を転売してお金を稼ごうという意図がなく、いわばサバイバルのためだけの盗みであり、無欲の泥棒、都会のドラッグ少年ギャングとは無縁のアウトドア義賊……と、事実とはかけ離れたイメージが一人歩きし始めたのです。そして、コルトンは決して捕まらない、彼に盗むことのできないのはNASAの人工衛星しかないとか、賑やかにマスコミが書きたてていました。

無責任なお祭り騒ぎが大好きなアメリカ人はコルトン・ファンクラブのような支援サイトを作り、コルトンのフェイスブックにサインアップしている人は9,000人を超え、泥棒のイロイロな手口を教えたり、逃亡の手助けをしたり、心理学者が彼の盗癖を分析したり、"逃げろ コルトン 逃げろ"(Run Colton Run)というTシャツが馬鹿売れし、盗んだ飛行機で逃亡している時には、"飛べ コルトン 飛べ"(Fly Colton Fly)が売りに出され、これまた異常に売れているそうです。

コルトンの母親は、ハリウッドで著名な著作権、映画権の弁護士を雇い、コルトンの伝記と映画権を売りに出しました。コルトンの弁護料と彼の将来のためだと語っています。

コルトンの幼年、少年時代はむしろ悲惨なものでした。どん底の貧しさに加え、母親はアル中、次々と変わる義理の父親もドラック中毒、アル中で、家庭内暴力は当たり前の環境だったようです。10歳の時、母親はかなり無理をして新品の自転車をコルトンに買い与えました。しかしある時、警察があの貧しい家の子が新品の自転車を乗り回しているのはおかしい、盗んだに違いないと、コルトンを補導し、母親に問い合わせた事件が起こり、それから、一時的に無実の罪を着せられたコルトンの盗癖が始まった…と、母親は語っていますが、それ以前にも、学校で小さな盗みを頻繁に働いていたようです。

彼が育ったのは、シアトルとカナダの間に散在する島のひとつで、カマノ島という、シアトルのお金持ちが好んで別荘を持ちたがる、深い森に覆われたところでした。彼の盗みは学校に始まり、近くにある普段は誰も住んでいない別荘に広がっていきました。家に帰れば義理の父親に殴られる環境なら、誰が家に寄り付くものでしょうか。彼は森の中でキャンプ生活をするようになったようです。

彼の別荘空き巣のやり方は、侵入してから、まず食べ物を冷蔵庫、冷凍庫、食料庫から取り出し、料理し、ゆっくりとお腹いっぱい食べ、温水器を点け、シャワーかオフロに入りくつろぎ、もしコンピューター、インターネットが接続していたら、フェイスブック、メールをチェックし、ゲームをし、その別荘で一晩寝ることもままあったようですが、食料を失敬し、ついでに、デジカメや携帯、GPSなどを失敬して森に消えるのが典型でした。

森の中で仰向けに寝て両手をいっぱいに伸ばし、盗んだデジカメで自分を撮った写真が、どういう経移からか外に流れ、Tシャツに刷り込まれ有名になりました。まだ少年の面影を残した好青年に映っています。 

コルトンが15歳になるまで、何度も、それこそ毎週のように警察に補導されています。 16歳の時ついに、23の罪状で4年の刑を受け、少年刑務所に入れられてしまいます。 そこで一年過ごした後、脱獄し、2年以上も大掛かりなマンハントの目をかいくぐり逃げていました。 

彼の情熱は空を飛ぶことでした。インターネットでセスナ機の仕様、運転マニュアルをダウンロードしただけで、盗んだ飛行機を操縦していたのです。初めてのときは着陸に失敗し、飛行機を大破させましたが、コルトン自身は現場から逃走しています。次々と飛行機を盗み乗り捨てているうちに、次第に腕を上げ、ナビゲーションもできるようになったのでしょう、最後は、インディアナ州から1,000マイル以上も離れたバハマ諸島まで飛んでいます。これが18歳で、まともな教育を全く受けたことがない少年の手で行われたのです。

ですが、ついにバハマのアバコ諸島で44フィートのパワーボートで逃走しようとしたところをバハマの水上警察がパワーボートのエンジンを銃で撃ち抜き、航行不能にして逮捕し、コルトンは決して捕まらないという伝説を崩したのでした。

コルトンは19歳になり、身長196センチの青年になっていました。 

裁判費用捻出のため、"コルトンを救え"Tシャツが17ドル99セントで売りに出されています。

 

 

第172回:現代アメリカの英雄?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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