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■インディアンの唄が聴こえる
 

第5回:サンドクリーク前夜 その1

更新日2023/02/09

 

サンドクリークの虐殺があったのは1864年11月29日だ。それは、アメリカ合衆国が南北戦争の終盤とはいえ、まだ南北どちらが勝つかの瀬戸際の状態で、西部のインディアン問題まで手が回らない時期だった。

南北戦争当初、南軍はテキサスを牙城にしており、そこからニューメキシコ、アリゾナ、コロラドへ剽悍(ひょうかん)なテキサスレンジャーを派遣し、勢力範囲を広げようとしていた。そして、テキサスから北西に攻め込む時、積極的にインディアンを利用した。斥候としてだけでなく、武器を与え、戦闘要員としてゲリラ戦を展開し、また北軍との前線に立たせた。

インディアンたちにとっては、武器、食料が提供され、かつサンタフェ・トレイルを西へ向かう移民団を襲い、略奪できるのだから、美味しい話、条件だったに違いない。もちろん、インディアンたちに南北戦争が何のためか、奴隷解放が何を意味するのか全く理解していなかっただろう。さらに、自分たちがただ利用されているだけで、どちらが勝とうが、やがて黒人奴隷以下の扱いを受けることになるとは夢想だにしなかっただろう。

その時、コロラドはまだ州になっておらず、西部の領域の長として、任命された知事、エヴァンス(John Evans)が軍事、民政、対インディアン政策を受け持っていた。デンヴァー郊外のチェリークリークで金鉱が発見され、金に取り憑かれた亡者たちがわっとばかりに押し寄せ、一時期その数が10万人にも及んだ。

北米インディアンは、“金”に驚くほど拘泥(こうでい)しなかった。白人の金狂いとは極端な対比をなす。東部からの食糧、生活用品、あらゆる物資の供給がとても追いつかなかった。そこへもってきて、カンサス、ネブラスカの西部へ向かうルートがインディアンの襲撃で絶たれ、南のサンタフェ街道も南軍とインディアンの妨害が激しく、コロラド州自体が孤立してしまったのだ。加えて、1862年の5月にはチェリークリークが大洪水に見舞われ、コロラドを中心にした中西部は危機に陥った。

1862年からの数年、グレート・プレイン(アメリカ中西部の大平原)を旱魃が襲った。そこに入植したパイオニアたちはもちろん、一番被害を受けたのは平原インディアンだった。絶望的な飢餓に直面したのだ。あらゆる気象条件に強いと言われているトウモロコシまでが立ち枯れて、実をつけなかった。無尽蔵だと思っていたバッファローの大群は、白人のライフルの前に絶滅の危機に陥っていった。

それでもまだ、幾ばくか生存しているバッファロー、鹿、アンテロープ(北米に住むツノのある野生の羊、日本では羚羊と訳されている)をインディアンの男どもは生存をかけて狩猟に出かけた。当然のことだが、白人の入植者とぶつかった。主に鉱山で職にあぶれた男どもと衝突した。

当時、中西部全体を取り仕切っていたのはカーティス将軍で、カンサス州、レーベンワース(Leavenworth, Kansas)に本部、司令室を置いていた。レーベンワースはミズーリー州境近く、カンサスシティー北西にあり、現在、大きな軍事基地、トレーニングセンター、刑務所、軍人病院がある。ミズーリー州に接しており、ミズーリー川を見下ろす、川の東側の河岸に位置し、コロラド州まで直線距離にしても410マイル(660キロ)も離れている。デンヴァーまでははさらに州境から200マイル近くある。そんな所から、南軍と戦うための北側の義勇軍への司令、インディアンへの対処法など命令が出されていた。

この距離では、伝令がデンヴァーまで届くのに最低でも1週間はかかった。もっとも、南北戦争に忙しく、グレイゾーンとはいえ南部的要素が強く、奴隷所有者へのシンパサイザーが多いミズーリー州を制圧するのに忙殺され、大平原の遥か西の果てのことまで構っていれるか…といったところだったのだろう。こんな遠距離に司令基地を置いてることだけからも、合衆国政府、ワシントン政府の西部開拓、開発政策の疎遠さが分かるような気がする。 

だが、それもアメリカの持つダイナミックな力、鉄道と沿線に張った電信網で大きく変わっていくのだが…。西部開拓史を鳥瞰図的に見ると、まるで毎年のように勢力範囲が広がり、前線(フロント)が変わり、まるで革命、変革を続けているかのようだ。その分、インディアンたちは追い詰められていくのだが…。

No.5-03
1859年頃のデンヴァーの街の写真

No.5-01
1859年のデンヴァー近郊
これでも中西部の中心として交易が盛んだった

デンヴァーの南西にあるチェリークリークに金鉱が発見され、ブームに沸くまで、デンヴァーは丸太小屋が並ぶだけの大きめの開拓部落だった。チェリークリークは丸太小屋が数軒、女性が侍るサルーン、ほかはテントが並ぶ鉱山村だった。それが一挙に村から町に、町から都会へと変わっていった。

No.5-02 
1864年のデンヴァー
シャイアンとアラパホの酋長が白人捕虜を連れて、和平交渉のため
デンヴァーを訪れた時のパレード<1864/09/28>


 

 

第6回:サンドクリーク前夜 その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第1回:消えゆくインディアン文化
第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2


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