第6回:Cycling(2)更新日2006/01/26
自転車にまたがり、フィッシャーマンズ・ワーフを発ってしばらくすると、ダウンタウンの外れにあるゴールデンゲート・ブリッジが綺麗に見渡せる海岸へ出る。この小道は街の中心部から近いこともあってか、ジョギングや犬の散歩をする市民に愛されているコースらしく、想像以上に人影が見受けられた。
さらにしばらく走ると、今度はゴールデンゲート・ブリッジの真下へ回りこんで、波の砕ける音が間近に聞こえるコースへと繋がる。ここからの眺めはさすがに圧倒的で、とぐろを巻くように流れていく意外にも激しい海峡の姿と、この巨大な橋の重厚さが上から実感としてひしひしと伝わってくる。そのコースを過ぎると、今度は橋の上へ出るために、蛇行を重ねながら丘を必死にペダルを漕いで駆け上がっていくことになる。
自動車で上の一般道をさっと走りきってしまうと気がつかずに通り過ごすのだろうが、自転車だからこそ気づく異様な光景にここで出くわした。実は橋の袂には、というか正確には一般道の真下に位置するところには、真っ黒な戦闘スーツに身を固め、マシンガンを構えた特殊部隊数人が目を光らせて橋の警備にあたっているのだ。
ここまで心地よい潮風と抜けるような青空のサイクリングを楽しんでいた身に、なにやら得たいの知れない不気味な感覚が走った。もちろん例の911以降は、テロリストに名指しされることもあるこの橋の警備に特に力を入れているのは理解できる。しかしながら、これから橋を渡ろうとする身には厳重な警護がありがたいような、そんなことの必要なこの橋を渡るのが怖いような複雑な気持ちになってくる。
橋の上からの眺めは、ポストカードなどで有名な湾に跨る勇姿に負けず素晴らしく、波間の向こうにサンフランシスコの街並みが一望にできる。歩いたり、サイクリングで賑やかなうえに、みんなそれぞれにお気に入りの場所を見つけては記念撮影に大忙しといった感じだ。ただこの素晴らしい景色も、実はこの橋の裏側には例の特殊部隊が張り付いているのかと思うと、海面から足元までの高さにぞっとした。
そういえばこのゴールデンゲート・ブリッジは自殺の名所としても有名で、自殺件数は開通以来2,000件を超え、年間平均約20人にも達するのだそうだ。ジョセフ・パーマン・ストラウスの設計による1933年の着工以来、サンフランシスコ名物の霧、強風、海流に苦戦しながらも、4年半の歳月をかけて1937年5月に完成したこの橋は、吊橋部約1,280mで、1959年までは世界最長を誇っていた。そんなサンフランシスコの顔ともいえる建造物なだけに、ここから眺める景色にふと魔がさすのかもしれない。
ちなみにこの橋が、黒とオレンジを配合したレンガ色をしているのにゴールデンゲート・ブリッジと呼ばれているのは、これが架かる海峡が、1846年にジョン・フリモントによってゴールデン・ゲート(金門水道)と名付けられたためである。
橋の上は人ごみと海峡を吹き抜ける風のせいで、スムーズなサイクリング・ロードとはお世辞にも呼べないが、それでもこの眺めと世界に知れた金門橋を、ペダルから伝わってくる軽い重みを踏み返しながら渡る時間は、一度は経験しても絶対に損はしないだけのものだった。
-…つづく
第7回:Cycling(3)