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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第578回:走る名脇役 - 三陸鉄道北リアス線 田野畑~陸中野田 -

更新日2016/03/03


ディーゼルカーは山に囲まれた線路を進んでいる。ここも整地作業が進んでいる。津波の被害は沿岸だけではなかった。大量の水は川を遡って内陸に浸潤した。澄んだ水のそばには人が住む。暴れた川は、そこに暮らす人々を巻き込んでしまったようだ。しかし、その悲惨さは整地された様子からは想像できない。

本当は復興にはほど遠いのだと、テレビやネットから伝わってくるけれど、この車窓を見る限り、新しい暮らし、再建への準備が進んでいる。どちらが真実なのだろうか。もちろん、自分が見ている景色が真実だ。しかし、見えないところにも真実はある。それを知るべきか、知らずに済ませるべきか。


普代駅

知らなくていい、という選択肢もあるように思える。旅はもっと気楽でいい。気楽に行動して、知らず知らずのうちに、なにか役に立っている。それが、お互いにとってもっとも幸せな形だと思う。

たとえばチベットの鉄道だ。険しい地域を切り開き、鉄道を通した。その技術や工事関係者を私は尊敬する。だから乗ってみたい。でも、その鉄道の目的は政治的だ。少数民族の悲劇、ひどい現実も漏れ伝わってくる。乗りたい。でも、物見遊山で良いのだろうか。

被災地の旅は私を試している。国内の鉄道に乗り尽くせば、次の目標は海外だ。そこには私の想像を超える現実がいくつもある。好奇心の赴くままに旅をしても、すべて楽しい結果になるとは限らない。


保線員さんたちが手を振る

普代駅は1面2線。しかし列車交換はなかった。駅の周りは穏やかな佇まいである。普代村は人口3,000人に満たない小さな村。震災で隣の入り江の漁港は崩壊した。しかし家屋の被害も少なかったという。明治時代の地震と津波の教訓から、1984年に高さ15メートルの水門と防潮堤を設置した。建設時は過剰な設備という批判もあったという。当時の村長はこの高さを譲らなかった。そのおかげで、東日本大震災で村の死者はゼロ。行方不明者1人にとどまった。

短いトンネルをいくつか通り過ぎる。保線員の人々がこちらに手を振ってくれる。同僚の運転士に向けただけではないだろう。乗ってくれてありがとう、遠いところへ良く来てくれたね。そんな気持ちがこもっていそうだ。こちらもカメラを持った手を振り返す。挨拶は気持ちいい。


海岸から遠い白井海岸駅

白井海岸という駅がある。谷の斜面にくっついたような駅で、トンネルと隣り合わせだ。海岸のそばではないけれど、高いところにあって谷間だから、遠くに水平線が見える。芽吹く前の、枯れ木のような林の向こうに、海の青色が鮮やかである。真下の道は急カーブの下り坂だ。なんどかヘアピンをクリアすれば海岸に着きそうである。

短いトンネル、小さな鉄橋、切り通しに築堤、まるで土木工事の見本のような線路である。海の視界が開けたところで、列車は少し停まった。ここが北リアス線自慢の景勝地。大沢鉄橋だ。『あまちゃん』では、主人公の少女が夢を抱いて上京するとき、状況に反対していた祖母が、ここで大漁旗を振って見送った。名場面のひとつである。


大沢鉄橋は“夏ばっぱの鉄橋”と呼ばれているという

僅かな停車時間で列車は動き出す。いままではしばらく停まったけれど、この日、その時間は次の駅に配分された。堀内駅。ドラマで何度も登場した駅である。劇中の駅名は“袖が浜”であった。運転士の予告通り、ここで数分の停車、撮影時間が設けられた。


ドラマでは袖が浜駅だった堀内駅

乗客たちがホームに出て撮影を始める。車両の後部が人気だ。列車の前面と海が構図に入る。ホームの中央に寄れば、車体の側面と宮古方面のトンネルが構図に入る。ホームは内陸側にあるから、海の景色は車両からだ。普代村漁港があり、水産物荷捌施設と、その手前の詰め所もドラマに出演している。「今日も一日0災」の看板が目印だった。


人払い待ちでやっと撮れた写真
このあと運転士に急かされて乗車

『あまちゃん』の効果は絶大だ。鉄道のほかに見どころのなさそうな小さな駅で、鉄道ファンではない観光客が訪問を楽しんでいる。ひと組の老夫婦からシャッターを頼まれた。私が取材用の大柄なカメラを構えていたから、プロカメラマンだと思われたかもしれない。
「電車ばかり撮っていて人は苦手で」
と言いつつ、スマートホンを返す。婦人がその場で確認して、
「ありがとうございます」と微笑んだ。リテイクなし。合格だ。


ドラマでは袖ヶ浜漁港だったっけ?

次の野田玉川駅には対向列車が待っていた。ホームにふたりの人影。こちらの車両を撮るためにカメラを構えていた。その様子をこちらからも撮る。まぶしいほどの白い車体。番号は36-704。全線開業のために増備した新しい車両である。ホームのふたりは中年の夫婦であった。そうか、ドラマではこの車両も出演していたのだ。撮影も放送も終わり、役者さんたちはもういない。しかし、名脇役のディーゼルカーが走っている。この列車自体がドラマの象徴であった。


野田玉川駅で交換

野田玉川から陸中野田までは復旧工事が目立つ。築堤の法面が真っ白だ。周囲の風景も更地が広がる。高架橋も新しい。北リアス線の復旧工事で、着工がもっとも遅かった区間だ。北リアス線の中でも、地上から低い区間のようで、それだけに津波の被害も大きかった。路盤付近の瓦礫の撤去にも時間がかかったと思う。

この区間は2011年11月に着工し、約5ヵ月後に運行を再開している。他より工期は短い。それも低さが幸いしている。高架や鉄橋が不要だったからと思われる。ディーゼルカーは平野に入り、線路は地上に設置されている。しかしそこも小さな築堤だ。元の高さで復旧させようとしたら、周囲の地面が下がっていたという見方もできる。


平地にスラリと伸びるレール

新しい路盤のそばに、かつての路盤の残骸も見える。平坦な場所で、ゆったりとカーブを描く新しい線路。この景色を「気持ちの良い伸びやかさ」と言ってしまうと不謹慎だろうか。でも、私の正直な感想は気持ちの良い線路。未来へ進む希望の轍である。

被災から3年。北リアス線の線路は新しく、美しい。昨日、仙台から列車とバスを乗り継いで、ここまで私は瓦礫をまったく見ていない。被災地らしい景色ではなく、新興住宅地や開拓の地に見えている。その意味は何だろう。答えはまだ固まらない。綿アメ製造器のドラムに流れる、細い砂糖の繊維のようにフワフワと渦巻いていた。

北リアス線の終着駅、久慈まで、あと10分。


陸中野田駅に到着

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
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ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

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