第667回:重い気分を軽くして - 山陰本線・木次線 宍道~木次~出雲市~玉造温泉 -
2016年12月。この年3度目の木次線。少し気が重い。昨年12月に招待されて私の見識を話して、3月にイベント列車のアイデアを出し、7月に実行力のある方々をお引き合わせした。ところが彼らの奮闘も虚しく、11月の実施結果は思わしくなかった。お世話になったS氏から「反省会をやるから行きましょう」と誘われた。これを断れば逃亡犯になってしまう。ただし「今後の展開を考えたいので」という言葉に救われた。吊し上げというわけでもないらしい。
サンライズ出雲の夜
重い気分を軽くしようと、また寄り道を考える。行きはもちろんサンライズ出雲だ。S氏の情報のおかげで、出発直前にB寝台個室のシングルを予約できた。思い立ったときは満席で、割高な航空機か高速バスかと思っていたから、これは幸運。ベッドに寝そべって、友人が書き下ろした自動車の本を読む。夜明け。伯備線の早朝の景色、曇り空の下で裾野だけ見えた伯耆大山を観て、なぜか帰ってきた気分になる。たった3回で図々しいにもほどがある。
伯備線の朝
ただいま伯耆大山
宍道駅でS氏と合流した。彼もサンライズに乗っていた。木次線のいつもの列車に乗り継いで、11月の実施の様子、関係者の反応などを伺う。私が企画の応援のために書いた記事は、広報効果としては大きかったと感謝され恐縮する。木次駅着。N課長が出迎えてくれて、雲南市役所へ。企画は良かった。反省点はいろいろあった。問題点を洗い出して、結論としては「次はうまくやりましょう」だった。イベント列車の結果は思わしくなかったけれども、関係者や地元の人々が木次線を気にかけるきっかけになった。目的の半分は成功したと思いたい。
今年3度目の木次駅
次回のために、とN氏が街を案内してくださる。木次駅を見下ろす公園、ケーキ屋さんで試食と買い物。この町にはうまいものがたくさんある。地産地消の筋書もできる。次はコレだな、という話になった。N氏に木次駅まで送っていただき、S氏と木次線の宍道行きに乗った。帰りの車内では「次はどうする」という話になっている。はじめからうまくいくなどと思ってはいけなかった。次が成功すれば、この失敗も笑い話になる。だから何度も挑戦しよう。
秋葉山から木次駅
S氏は最終の航空便で帰京するという。私は明日から自分を取り戻す旅を始める。出雲市駅付近のビジネスホテル。前回の7月とは違って、線路の反対側であった。安くて小さな部屋だけどダブルベッドのシングルユースだった。夜中まで原稿を書いて、翌朝は少し遅めに起きて朝食をいただく。もうすっかり気持ちは切り替わっていた。
今日の目的は芸備線の備後落合~三次間だ。7月に乗ろうとしたら土砂流入で不通となってしまった区間である。今回はそのリベンジ。思い入れの深い木次線にもういちど乗って、備後落合へ向かう。希望としては江津へ回って廃止間近の三江線に乗り、三次から乗りたい。しかし、三江線は本数が少なく、江津発6時の次は15時17分まで三次行きがない。出雲市から江津発6時に間に合う列車はないし、前日に江津の宿は取れなかった。もともと宿が少ない上に、お別れ乗車組が集まっている。もう三江線は諦めた。残念だけれども、1度乗っているから、まあ、いいか。
出雲市駅から始まる旅
出雲市駅で青春18きっぷにハンコをもらって、プラットホームに上がると、サンライズ出雲が到着した。相変わらず女性に人気で、洒落た装いのグループが降りてきた。その様子を見届ける前にこちらの列車は動き出す。09時59分発の米子行き快速アクアライナーだ。通勤通学時間帯を外しているから、ボックスシートに一人で座る。
三江線を諦めたおかげで日程に余裕がある。宍道で降りて木次線に乗り換えるところを降りず、玉造温泉まで行って折り返す。それはけして途中の駅でボックスシートの向かい側に美女が座ってくれたから、というだけではない。こうすれば跨線橋の階段を上下しないで、同じホームで乗り換えられる。ズボラだけど、玉造温泉周辺を散歩してみたいという気持ちもあった。何かあるか、何もないか、どちらでもいい。
宍道駅を乗り越して玉造温泉駅
玉造温泉駅で降りてみたけれど、駅前は土産物屋が1軒あるだけだ。案内図によると温泉街は1kmほど南側だ。折り返しの列車は30分後。そこまでは行けないけれど、近くに川があり鉄橋もある。玉湯川といって、上流に玉造温泉街があるようだ。両岸に舗装道路があって、水面までの土手には桜並木だ。親水公園のような雰囲気がある。満開時は桜吹雪が川面をピンク色に染めるだろう。いつか春にまた来ようか。木次のさくらまつりも気になる。
玉湯川
川を渡る。欄干から川面を覗くと、おや、鯉がいる。一匹、二匹と目が合って、どんどん鯉が寄ってきた。すまん。あらかじめ知っていれば、パンを用意できたな。最近観たアニメ映画『聲の形』で、こんな橋の場面があった。耳が聞こえない少女と、少女をいじめつつ、やがて惹かれていく少年の話。あれは岐阜県大垣市の美登鯉橋だ。ここもいい景色だ。きっと、たくさんの青春や人生の転機が橋を渡ったのだろう。
鯉の皆さん
上流へ向かって歩く。鉄橋が見えてきた。ちょうど特急やくもが通りがかった。それで満足して、玉造温泉駅に戻った。うまいパン屋でもないかと思ったけれど、リアルな旅はそんなに都合良くできてはいない。
特急やくもを見届けた
-…つづく
|