第17回:子どもの共和国―その2:大切な居場所
更新日2005/06/23
こんにちは、めだかです。
子どもの共和国エマウスの中で、主にワタシは"Arte de Viver(アルチ・ヂ・ヴィヴェー「生活の術」)"という9歳~17歳の女の子だけのグループにいる。1年前はじめて彼女たちに紹介されたとき、みんなニコニコしていて、年頃の子らしくお洒落でかわいいなぁという印象をもった。路上での生活を経験したり、虐待を受けたりしてきた貧しい家庭の子たちだと聞いていたけれど、そんなこと言われなければわからなかったろう。
ここでは主に人形のリサイクルや裁縫、アクセサリー作り、絵画、ダンスなどの活動や保健・社会教育などを行なっている。中でも重要な位置づけがなされているのが人形のリサイクルだ。家庭や外の世界でつらい思いをしたり、傷ついたりしてきた彼女たちがボロボロの古い人形をきれいに洗い、衣装を縫い、自分の手で再生するという作業を通じて自分自身もまた立て直すのだという。
エマウスはいわゆる学校や施設ではない。ブラジルの学校は1日3部制(または2部制)で、午前か午後、あるいは夜のうち1つを選ぶシステムになっていて、子どもたちは学校に行っていない時間にここに通ってきている。実はこの学校以外の時間が問題で、親の仕事を手伝わされたり、治安の良くない路上で過ごしているうちにドラッグなどの犯罪に巻き込まれたりしてしまう。エマウスは子どもたちがそんな目に合わずに子どもらしく過ごせるような大事な場所にもなっているのだ。
自分でデザインし、端切れを使って人形の洋服を作る。
古びた人形が彼女たちの手でびっくりするほどきれいに変身する。
さて、ボランティアとして受け入れてもらったのはいいけれど、初めのうちは一体何をすればいいのか、何ができるのか、全然見当がつかなかった。とりあえずは一緒に活動しながら、女の子たちと少しずつ知り合っていった。言葉にはけっこう苦労したけれど、みんなとても人なつこいし、親切に接してくれたので、それはありがたかった。少し慣れてきてからは、せっかくニホンから来たってことで折り紙や習字などを教えたりもするようになった。
とにかく女の子ばかりなので本当に賑やかというか、かしましい。服を縫ったり、絵を描いたりしている間もよくしゃべり、よく笑い、教室のラジオから音楽が流れてくればそれにあわせて歌い出し、「一緒に踊ろうよ」とワタシの手を取って踊り出す。ずいぶん明るくて楽しそうだなーと思っていた。でも時間が経つにつれ、それはほんの表面的な部分を見ていただけだということがわかってきた。
キッチン用布ナプキンに特殊な絵の具で
絵を描いているところ。みんな真剣。
エマウスにはエデュカドーラというスタッフがいる。ちょっとぴったりくる日本語が見つからないけれど、「教育する人、教育者」という意味だ。裁縫やダンスなどを教える先生は別にいるし、一般的な意味での先生とは少し違う。エデュカドーラはここにやって来た子たちをいろんな問題も含めて丸ごと受け止め、愛情と、時には厳しさをもって接し、生きる術を教え、温かく育む人たちだ。
Arte de Viverにも長い経験と深い愛情をもった素晴らしいエデュカドーラがいる。女の子たちは自分をそのまま受け入れてくれる彼女を信頼し、悩みや家庭の問題など何でもぶつけている。最初の頃は彼女たちの言葉がよく聞き取れず、話している内容も理解できていなかったけれど、少しずつ聞こえるようになると、みんなそれぞれに大変な状況にいるのだということがわかってきた。
昨夜また母親が父親に殴られて逃げ出した、同居しているいとこが泥棒で捕まり、自分まで警察に連れて行かれた、近所のバーで強盗事件があり一晩中うるさかった…などとテレビのニュースのような話が続く。父親の暴力から逃れるために家出し、しばらく行方不明になっていた子もいる(数日後無事に戻ってきた)。彼女たちの多くが暮らしているのは、喧嘩、泥棒、銃声、ドラッグなどが日常の光景になっている地域なのだという。
物静かな雰囲気の15歳の子はしばらく姿を見ないと思っていたら妊娠したという。父親になる相手もまだ若く、きちんとした仕事にもついていない。十代の妊娠は大きな問題になっていて、経済的な基盤もないままに親になり、結局育てきれずに若い父親が出て行き、母親だけで育てることがとても多い。あるいは母方の祖母が育てる場合もよくある。十代で、学校も出ておらず、子どももいる状態で仕事を見つけるのはとても難しい。そしてまたそうした環境で育った子が同じようにちゃんと教育も受けないまま路上に出たりするケースも多いという。
「ストリートチルドレン」という言葉からは、親も身寄りもない子が行き場がなく路上で暮らすというイメージをもっていたけれど、そればかりではないことも知った。家もあり、家族がいても、貧困のために幼い頃から働かされ、あるいは虐待を受け、家にいるよりは外にいた方がマシだと思い、出て行くのだ。でも実際は路上にはさらに恐ろしい暴力が満ちている。
Arte de Viverには家族から性的虐待を受けたり、家計を助けるために売春を強制させられていた子たちもいる。それは頭ではわかっていたことだけれど、1年間彼女たちと付き合い、どの子がどんな状況にあるのかが実際にわかってくると、その現実がすごい重みを持って感じられる。
でも、たとえば2年前にここに入ってきたときには笑顔もなく、投げやりな状態だった子が、さまざまな活動を通して仲間ができ、信頼できる大人たちに出会え、自分を取り戻していったという話を聞くと、やっぱり彼女たちにとってここはすごく大きな存在なんだと改めて思い、救いを感じる。
本当のところ、自分はここで何かの役に立っているんだろうかと自問することもあった。専門知識も経験も、教えられるような特技もないし(おまけに言葉もよくできないし)…。でもエデュカドーラには、女の子たちの視野を広げることもあなたの役割だと言われた。すごく狭い地域、小さな社会の中で生きている彼女たちに、外には自分たちと違う世界があって、それぞれに喜び、悩みながら生きているということを理解し、自分の世界を広げ、いろんな可能性に気づいてほしいのだと。
その言葉を聞いて、そうか、そんなに気張らなくっていいのかとずいぶん気が楽になった。あんまりいろいろ考え込まず、できることを少しずつやっていければいいんだな。それに何より、ここが彼女たちの居場所であるように、ワタシにとっても大事な居場所なのだから。
すごく盛り上がったスポーツ大会の開会式で。
Arte de Viverの旗の元に集合。
第18回:ブラジル話あらかると