第165回:私の蘇格蘭紀行(26)
■オーバン最後の日(前)
4月22日(水)、目覚めると、またまた雨。けれどもそれ程強く降っていたわけではないので、朝食前にUMBROのウインドブレーカーを着込んで、海岸沿いを少し走る。2kmほど走ったところで雨が強くなり、宿に急いで駆け戻った。
B&Bのおばさんは、実に気さくな方だ。いつも大好きなロッド・スチュワートのCDを聴きながら、楽しげにテキパキと仕事に勤しんでいる。ただ、ラグビーについては、スコットランド・ファンではなくてイングランド・ファンというのが玉に瑕だが。
この朝も、「おはよう、よく眠れましたか? あら、走ってきたの? 濡れているわね、タオル貸しましょうか?」。丁寧にお断りして、部屋に戻って、自分のタオルで頭を乾かし、食堂に入る。
「トースト、ちょうど焼けたところ。シリアルいかが? たくさん食べていってね」。毎朝、必ずシリアルを勧めてくる。種類は十種類以上あって、確かに他の宿よりはるかに「充実」しているのだが、牛乳が苦手な私は残念ながら敬遠してしまうことになる。鶏のように、そのまま啄むわけにもいかないだろう。
「ああ、出掛ける前に洗濯物出していってね。ここに三泊したからかなりたまっているでしょう。雨だから干せないけど、乾燥機かけて部屋に畳んで置いとくから」。この申し出は、丁寧にお礼を言ってお受けすることにした。
「スコットランドと言えば、スコッチ・ウイスキー」とよく言われるが、正直それほどウイスキーに興味のない私は、こちらではエディンバラのウイスキー資料館に行っただけで、蒸留所を訪れることなどはしていなかった。
ただ、オーバン蒸留所(OBAN Distillery)は街中にあり、宿からも歩いて数分だったので、「せっかくだから、一箇所くらいは」と思い、訪ねることにした。
実に清潔な蒸留所だった。受付で、まず所内見学ツアー代£2.00支払う。ウイークデーの午前中ということもあり、ツアー客は私も含めて5、6人程度。そのうちにガイドの女性が現れた。
年の頃は私と同じくらいか、制服をキリリと着こなしている知的で清楚な感じの女性だった。ガイドしてくれる時、かなりのスコットランド訛りのある英語は聞き取りにくかったが、私がいぶかしげな表情を浮かべると、ゆっくりと繰り返し話してくれたのはうれしかった。
Pot Stillと呼ばれる蒸留釜もピカピカに磨き込まれていて、ウイスキーについてほとんど知らない私でも、「こういうところの酒であれば、味に間違いはないだろう」と考えることができた。
ツアーの最後は試飲である。提供されるのは、「オーバン14年(OBAN 14y.o.)」。これもよく磨き込まれた小さなグラスに、少し多めに注いでくれた。口に含むと、最初は強い刺激を感じたが、そのうち味がふんわりと口中に広がり、常温なのに喉の奥に温度を感じさせながら、液体が流れ込んで行く。そしてかなりの時間、余韻が残る。
「旨い酒だ」と思った。
ガイドの女性、「普通ウイスキーには12年ものが多く、10年、15年、18年などもよく聞きますが、『オーバンはどうして14年なのか?』とお思いでしょう。でもこのお酒の熟成は、12年では短すぎ、15年では少し長すぎるのです」。
蒸留所内のすべての体験が新鮮で、かつ実に心地よいものだった。私は、スコットランド旅行で一箇所だけの蒸留所としては最適の場所を選んだと、独りごちたのである。
旨いお酒を飲んだ後は、旨いものが食べたくなった。長い間ずっと質素な食事を続けてきたが、「時には気張っても罰が当たるまい」と、一杯のウイスキーで気が大きくなった訳ではないが、久し振りにレストランなるところに入ろうと意を決することにした。
海岸沿いにある "Waterfront Restaurant"。『地球の歩き方』お薦めの、シー・フードの店である。今までほとんどがファーストフードの生活だったので、ウエイターが注文を取りに来てくれたときは少し戸惑ってしまった。
それでも、「贅沢は敵」である。値段の張らないものにしようと「鮭のムニエル」を注文したが、これが実に旨かった。久し振りに食事らしい食事をし、大満足。ところが、帰りがけチップを払うのをまた忘れてしまう。確かにそういう店になかなか入れず不慣れではあるが、たしなみがないのであれば入店すべきではない、と大いに反省する。
レストランを出た頃には雨も上がってきたので、海岸沿いを少し長い距離を散策する。実に多くの方々があいさつを交わしてくれた。皆、にこやかに
"Hi ya!"
こんなに優しい人たちと出会ってきたスコットランド旅行も、もう本当に残り少なくなった。明朝は最後の滞在地、グラスゴーへ向かわなければならない。夜になると私は少しセンチな気分で、この街の初日に入ったパブのドアを開けた。
-…つづく
第166回:私の蘇格蘭紀行(27)
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