■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”.
第2回: Save the Last Pass for Me.
第3回:Chim chim cherry.
第4回:Smoke Doesn't Get in My Eyes.
第5回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (1)

第6回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (2)


■更新予定日:隔週木曜日

第7回:Blessed are the peacemakers.
     -終戦記念日に寄せて-

更新日2003/08/14


今年もまた8月15日を迎える。58回目の終戦記念日。私は、この日を迎える度に、自分が戦地に赴くことなく生きていける喜びを実感する。そして、この後もずっと、私の世代も、息子の世代も、またその子どもたちの世代になっても、いつまでも戦場を体験することなく生きることができるよう、心から願っている。

私が小学校低学年の頃、家に1冊の戦争画集があった。日中戦争の様子だったと思うが、兵士の生活や、戦闘場面をリアルに描いている画集だった。私は、それを見るのが怖くて怖くてしかたなかった。家族の者がからかって見せようとすると、泣いて逃げ回った。

特に絶対に見たくない1枚があった。それは、傷ついた二人の兵士が、これ以上生きられないことを観念し、お互いが銃剣を持って今まさに刺し違えようとする瞬間の絵だ。妙に乾いた絵だった。私は、その兵士の暗い眼差しが頭から離れず、その頃何度も怖い夢を見続けた。

戦争は怖いと思った。あんなふうにして死にたくない、戦争なんて絶対起きないで欲しいと本気で祈った。今でもその恐怖は忘れられない。

私たちの国は、58年前、あまりにも多くの命を失い、また奪った末に戦争に敗れた。そして、その悲しみの中から、もう絶対にこんな不幸があってはならないと、心に刻んだに違いない。そして、戦争放棄を明記した新しい憲法を受け入れた。

最近では、日本の再軍備を阻止するためにアメリカによって押しつけられた憲法、という側面のみが強調され、議論される傾向にある。しかし、当時戦争により多くのものを失い、心身ともに傷ついていたほとんどの国民は、「もう戦争に行かなくてもいい。夫や息子を戦争に奪われない。空襲に怯える必要のない」ことを保障した憲法に、救いを見いだし、喜びを持って受け入れたのだと思う。

ところが、秋葉忠利・広島市長が今年の平和宣言の中で、「国連憲章や日本国憲法さえ存在しないかのような言動が世を覆い、時代は正に戦後から戦前へ大きく舵を切っている」と警鐘を鳴らしているように、世の中がまたキナ臭い方向へ転換しているような気がしてならない。

言うまでもなく、戦争とは人と人との殺し合いだ。通常は多くの人を殺せば凶悪な殺人犯として世の中から紛糾されるが、ひとたび戦争が起き、敵の命を奪えば奪うほど英雄になっていくという奇妙なパラドクスが成り立つ、異常で狂気に満ちた世界だ。

私は、日本の憲法はそんな戦争を全面否定し、人が人を殺さない、殺されない権利を国民に与えている希有な憲法で、世界に誇れるものであり、また国際平和を実現させるためのさきがけとして、範を示すものだと考えている。

大真面目に憲法を擁護することを、何か疎んじる風潮が徐々に生まれてきている。憲法を基にした戦後の民主教育が平和ボケを起こさせ、日本をダメにしたという意見をよく聞く。確かに、いわゆる「民主教育」が、いくつかの誤った側面を持ってしまったことは否めない。権利と義務のバランスや、平等に対する意識については疑問に思うことも多い。

ただ、平和ボケというのがよくわからない。むしろ、戦争により傷つき、多くのものを失ってしまう痛みを忘れ、机上で議論している人たちの方が「平和ボケ」を起こしているのではないか。「国際社会に貢献するため、自衛隊を派遣すべき」というが、その自衛隊員が、自分の子どもであったらどうなのだろう。また、もし自分が銃を持たなければならなくなったとしたら。

多くの議論が、自分が痛みを受けることを考えずに、まるで人ごとの次元で行われている。いつも代理人が何かをしてくれると思っているようだ。ところが、ひとたび戦争が起きれば、誰もが人を殺すことになるし、人に殺されることになる。誰も代わってくれない切羽詰まった状態を想定できない、想像力を失った「平和ボケ」の議論は、やはり虚しい。

また、国際社会に貢献するというが、本当に国際社会は日本の兵力派遣を望んでいるのだろうか。国際社会といえば聞こえはいいが、ここは単にアメリカ合衆国が望んでいるだけだという気がしてならない。アメリカ以外の国は、日本にそんなことは期待していないと思う。

利権を得るべく戦争を続けるアメリカに追従して兵力を強化していくことよりも、日本が国際社会に貢献する方法はいくらでもあるのではないか。まず、戦争を否定している国であることを前面に打ち出して、活動を平和的なものだけに絞るべきだろう。長い目で見れば、これが国際平和を呼びかけていくのに一番説得力を持つ。

世界中に埋まっている夥しい数の地雷の除去作業、戦争により傷ついたり、飢え苦しんでいる人たちへのの医療的、福祉的な支援、崩壊してしまった遺跡の復元作業など。今ではNGO、NPOなどの民間が中心になって行っている平和的な活動を行っていくことが肝要だと思う。日本の叡智と技術力、経済力を持ってすれば、必ず真に国際社会が望んでいることに対して、大きく貢献していくことができると思う。

8月に入って、新聞やテレビなどの媒体で多く紹介されているが、不毛な議論の一方で、地道に平和活動を続けている人たちがいて、その活動がだんだんと輪を広げていることはとても心強い。心から敬意を表したいと思う。

広島、長崎をはじめ多くの地域で、世界中に平和の大切さを発信させている。その中には若い世代の人たちも多く、真摯に悩み考え行動していて、その姿勢は、暗く、不透明な道に一筋の光を与えてくれているようだ。

戦争の体験を風化させることなく、その痛みをいつまでも忘れないで平和を保ち続けることは、武器を持って戦争の道に進むことよりも、実ははるかに勇気と忍耐が必要なことなのだろう。でもそれこそが、日本が世界のためにも果たすべき役割だと思う。

私の店で、「あれ、最近彼見ないけど、どうしたんだろう…」「ああ、1ヵ月前戦争に取られて中東に行きました。私もそろそろ危ないみたいですよ」などという会話は、絶対に交わしたくない。

 

 

第8回:Ting Ting Rider-マイルドに行こう

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