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■店主の分け前〜バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第312回:流行り歌に寄せて No.117 「女心の唄」 〜昭和39年(1964年)

更新日2016/09/22

「顔じゃないよ、心だよ」は、バーブ佐竹の(私たちの年代にとっては)あまりにも有名なキャッチフレーズである。かなりごっつい顔立ちで、少し口を曲げてニヤリと笑う、というのがこの人の印象だった。

ところが、昭和39年12月に『女心の唄』で30歳になる少し前にキングレコードからデビューしたレコード・ジャケットの写真では、グレイのスーツに白いボタンダウンのワイシャツ、渋目のネクタイをキッチリ締めて、少しはにかんだような人懐っこい感じの笑顔を見せている。そして何より、その表情がとてもうれしそうである。

北海道の釧路から、歌手になろうと22歳で上京し、デビューまでの約8年間は流しをしたりクラブで歌ったりなどの下積み生活が続いた。いつも思うことだが、同じような下積み時代を経験し、まったく芽が出ずに諦めて東京から去っていく人の方が、数十倍多くいるのだろう。

やはり生き残る人々というのは、実力とともに、最近はほとんど使われなくなった言葉だが「根性」をしっかり持っている。そして何より強い「運」があるのだ。

長い下積み時代には、経験するいろいろなことがあるはずに違いない。酒や博打を覚たり、またそこには少なからぬ女性の存在もありそうだ。人から理不尽な扱いや横柄な態度を取られることも何度となくあるはずだ。そこで生まれる様々な思いが、彼の、これも古い言葉だが「肥やし」になって、歌に深みを与えている。

バーブ佐竹はこの曲で、翌昭和40年の第7回レコード大賞新人賞を受賞、そして同年のNHK紅白歌合戦出場(同年から4回連続)を果たしている。『女心の唄』はまさにそれまでの自身の歌手人生を180度変える、画期的で幸運なデビュー曲だった。

「女心の唄」 山北由希夫:作詞  吉田矢健治:作曲  バーブ佐竹:歌
1.
あなただけはと 信じつつ

恋におぼれて しまったの

心変わりが せつなくて

つのる思いの しのび泣き

2.
どうせ私を だますなら

だまし続けて ほしかった

酔っている夜は 痛まぬが

さめてなおます 胸の傷

3.
うわべばかりと つい知らず

ほれてすがった 薄情け

酒がいわせた ことばだと

なんでいまさら 逃げるのよ

4.
女ですもの 人並みに

夢を見たのが なぜ悪い

今夜しみじみ 知らされた

男心の うらおもて

5.
逃げた人なぞ 追うものか

追えばなおさら つらくなる

遠いあの夜の 思い出を

そっと抱くたび ついほろり

6.
散って砕けた 夢の数

つなぎあわせて 生きてゆく

いつか来る夢 幸福(しあわせ)を

のぞみすてずに ひとり待つ


作詞家の山北由希夫も、作曲家の吉田矢健治もキングレコードの専属作家である。山北は大月みやこ、春日八郎、和田弘とマヒナスターズなどの作詞を手がけている。吉田矢の方も春日八郎の曲を何曲も書き、他には三橋美智也への提供曲が多い。

面白いのは、前回ご紹介した二宮ゆき子に、二人の作詞・作曲で『男心の唄』という曲を提供していることだ。この曲は『女心の唄』のアンサーソングというより、『女心の唄』の心境にさせてしまった、女たらしの極みのような言葉のオンパレードで綴られた曲で、よくもここまでと呆れてしまう。二人とも遊び心たっぷりで、楽しみながら作ったのだろう。ご興味のある方はネットなどでご覧になってください。

さて、私は一度だけこの『女心の唄』をカラオケで歌ったことがあるが、まったく上手く歌えなかった。この曲はご覧の通り6番まである。私が歌うと、ただただ冗長で、自分で歌っていても途中で飽きてしまうのである。聴き手の方はその数倍飽きがくるだろう。

ところがバーブ佐竹の歌では、1番を聴いていれば2番、2番を聴いていれば3番が自然と聴きたくなる。途中に何か変調があってメリハリがついているわけではなく、同じメロディーの繰り返しなのに、次を次をと期待するのは、彼の深みのある声質と表現力によるものだろう。

今久しぶりに聴いても、実に柔らかく魅力的な低音である。この低音とともに「顔じゃないよ、心だよ」と言いながらも女性を口説き、ずいぶんもてたに違いない。生涯4回結婚をし、3人の子どもをもうけた。「女心」をよく知る人だったバーブさんも亡くなって久しく、早いもので昨年で13回忌を迎えた。

-…つづく

 

 

第313回:流行り歌に寄せて No.118 「若い涙」〜昭和39年(1964年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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