第513回:流行り歌に寄せて No.308「なみだの操」~昭和48年(1973年)11月5日リリース
ごく稀にではあるが、このコラムでその回にご紹介する曲が決まっていて、さて書き始めようとはするのものの、何か書き出すのが億劫で、グズグズと他のことに時間を費やしたりすることがある。
まさに今回がその例で、パソコンの前でもたもたしている。その曲との相性というものかもわからない。それならば、もうその曲のことをは書くのはやめてしまって、別の曲に変えればよいようなものだが、これだけのヒット曲をスルーするわけにはいかない、という意固地な一般論が頭をもたげてくるのだから、始末が悪い。
とにかく、この曲は売れに売れた。シングルの累計売上が250万枚。ステレオタイプだが、国民の40人に一人がレコードを買ったことになる。
発売後3ヵ月余りでオリコンのトップ10に登場、6週間後には1位を獲得し、そこから9週連続1位を直走った。そして昭和49年(1974年)の年間オリコン1位という輝かしい記録を打ちたてたのである。
殿様キングスは、前身のファンキーガイズを経て、昭和42年に結成、当初コミック・バンドとして、テレビのバラエティー番組などに登場していた。私も牧伸二司会の『大正テレビ寄席』に出演していたのをよく憶えている。
レコード・デビューは昭和45年9月1日発売のシングル『競馬ソング』というコミック・ソングだが、ほとんど売れなかった。
そして、歌謡曲を歌うバンドにイメージ・チェンジを図り、昭和48年3月25日に、今回ご紹介の曲と同じ千家和也:作詞 彩木雅夫:作曲 藤田はじめ:編曲のメンバーに『北の恋歌』を提供され、演歌路線を歩み出した。『なみだの操』は、この3人の作者による2曲目の曲である。
すでにこの時代でも、充分に古いタイプの曲だった。ほとんどのレコード会社が、若いアイドルを探し、色々なフリをつけて歌わせて、運動会や水泳大会にも出させる。とにかく、あらゆる手段を使って、売るのに躍起になっていたそんな時代に、実に濃いキャラクターが、時代遅れの価値観の歌を、朗々と歌った。それが、大ヒットした。
山口百恵に『青い性』路線を提供し始めていた頃の千家和也が、何か時代が逆戻りするような詞を書く。森進一、内山田洋とクールファイブ、藤圭子などに、本格派演歌の曲を提供した彩木雅夫が曲をつける。そして、彩木の意向で、思い切り古臭いアレンジを藤田はじめがしたのである。
私が、今回の紹介をなかなか書き出せなかった理由のひとつは、この曲の持つ一種の違和感にある。もう酸いも甘いも噛み分けられるような、恋やつれをしている雰囲気の女性が、ひたすら操を守ってきたと言い続ける。
しかも、「あなたの決してお邪魔はしない」「あなたの匂い肌に沁みつく」「汚れを知らぬ乙女になれたら」という媚びるような言葉を使って。はっきり言って、こんな女性は嫌だなあと思う。
それならば、なぜこの曲があれほど売れたのだろうか。それは、昨年7月に『女のみち』のご紹介をした時にも同じようなことを書いたが、この曲を聴いた時に感ずる心地よさにあったのではないか。
こんなことを書くと前言と矛盾すると思われるかも知れないが、歌詞の内容が思い切り現実離れしていても(あるいは現実離れしているからこそ)、聴いていて、あるいは歌ってみて、調子がいいのである。虚構であることを熟知していながら、あえてその世界を提示してみせる。
「こんな女の人はいないよ。でも、いいじゃん。歌が気持ちいいんだから…」ということなのだと思う。小節の効かせ方など、曲作りの巧妙さも光っており、古臭いアレンジは、何より馴染み深い。多くの人は、私のように詞の内容を妙に追求したりはしない。歌謡曲の聴き方として、それはとても普通のことかもわからない。それでも、何かしっくり来ない。これで良いのかなあと思ってしまうのである。
けれども、ぴんからトリオも同様、人を楽しませることが何より大切な、コミック・バンド出身の人たちは、そこらへんのことがよくわかっていて歌っているのだろう。
「なみだの操」 千家和也:作詞 彩木雅夫:作曲 藤田はじめ:編曲 殿様キングス:歌
あなたのために 守り通した 女の操
今さら他人(ひと)に 捧げられないわ
あなたの 決してお邪魔はしないから
おそばに 置いてほしいのよ
お別れするより 死にたいわ
女だから
あなたの匂い 肌に沁みつく 女の操
棄てられたあと 暮らしてゆけない
私に 悪いところがあるのなら
教えて きっと直すから
恨みはしません ここ恋を
女だから
あなたにだけは 分るはずなの 女の操
汚れをを知らぬ 乙女になれたら
誰にも 心変りはあるけれど
あなたを 疑いたくない
泣かずに待ちます いつまでも
女だから
殿様キングスのメンバーは、リーダーの長田あつし(ベース)、宮路おさむ〈現在はオサム〉(ヴォーカル、ドラムス)、尾田まさる(テナー・サックス、ヴォーカル〈森進一のモノマネがおはこ〉)、多田そうべい(ギター)である。
平成2年(1990年)にグループ解散後、尾田はソロ歌手として活躍、多田は司会や執筆などをしてその多才ぶりを示している。
『おんなの操』や、その後のミリオン・セラー『夫婦鏡』を歌っていた頃は。宮路おさむは「おさむちゃん」と呼ばれ、アイドル並みの人気があった。ビー・ジーズの「マサチューセッツ」を小節を効かせて歌っていたのは有名だが、今でも思い出すと笑える歌唱である。
解散前年に、リーダーの長田は、杏しのぶとオヨネーズというデュエットを組み、東北弁で「麦畑」を歌い大ヒットしている。福島県双葉郡富岡町夜の森出身の榎戸若子が、作詞・作曲した曲である。
兵庫県の淡路島出身の長田の東北訛りは、福島県にほど近い北茨城市出身の宮路おさむの伝授によるものかも知れない。長田が平成16年(2014年)に亡くなった後は、オヨネーズの歌も、宮路がそのまま引き継いでいるということだ。
第514回:流行り歌に寄せて No.309「赤とんぼの唄」~昭和48年(1973年)3月10日リリース
|