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■鐘を鳴らそう 鳴らせば鳴る鐘が、まだあるのだから~音羽信の心に触れた歌たち

更新日2025/07/17




鐘を鳴らそう

鳴らせば鳴る鐘が、まだあるのだから


~音羽信の心に触れた歌たち~


音羽 信



第5回: ハレルヤ by レナード・コーエン
 
      アルバム『哀しみのダンス』より

ずっと

古くからある秘密のコードのことが気になっている。

かの若き頃のダビデ

未来の王が竪琴で奏でた曲。

それを聴いている間は日々悪霊に苦しめられていたサウル王の

苦しみがやわらいだという曲。

でも、それがどんな曲だったかなんて

君はどうだっていいよね。

 

その曲のコード進行はといえば

4番目、そして5番目のフレーズ

マイナーで沈んだ感じになって

それからメジャーになって気分が高まる。

どうして自分がサウル王に召されたのかわからないまま

未来の王ダビデが作った曲

ハレルヤ。

 

ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ


主を強く信じてはいたけれど

やがてそれが試される時が来た。

ダビデはある夜

テラスで一人の既婚の女性が湯浴みをしているのを見た。

彼女は美しく、月の光で裸の彼女はさらに美しく見えた。

その美しさにダビデは抗しきれなかった。

 

あのサムソンだって

美女のデリダに色仕掛けで剛力の秘密を探られ

台所の椅子に荒縄で縛りつけられればそれでおしまいさ

などと嘘を言って縛りつけられたりしたけれど

すぐに椅子を壊して立ち上がった。

そんなサムソンだって結局、誘惑に負けて

神から授かった力の秘密が

長く伸ばした髪にあることを教えてしまい

そして髪を切られ捕らわれてしまった。

そんな風にデリダが

サムソンの唇から引っ張り出した真実の言葉

ハレルヤ。


ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ


そんな曲の名前になんて意味はないと君は言う。

そう君は言うけれど

私だってまだ知らないのに……

でも、もし私がその曲名を知ったとして

本当に知ったとして

でもそんなこと、君はどうだっていいよね。

 

でも、どんな言葉にだって

一筋の光がある。

だから、その曲の中の言葉にだって……

君が聞こうと聞くまいと

そんなことどうだっていいけれど

でも、聖なる曲

もしかしたら壊れてしまった曲かもしれないけれど

でも、その曲の中の言葉にだって……

 

ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ


精一杯やったけれど、でも足りなかった。

どうしても何かが感じ取れなかった。

だから何としても触れ合いたいと思った。

私が言ったことは嘘じゃない、みんな本当のこと。

何も君を欺くために話しているんじゃない。

 

だから、とにかく

もし何もかもがひどいことになったとしても

私はあの曲をつくったダビデの前に立って

どんな言葉も、一言も言葉が出てこなかったとしても

それでも私は歌おうと思う。

ハレルヤを。


ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ

ハレルヤ

 

Hallelujah - Leonard Cohen
《Various Positions》 (1984)

 

不思議なアーティスト。60年代から存在感を示し、歳をとればとるほど魅力を増したレナード・コーエンの代表曲。歌詞、低い声、ゆったりとした節回し、ユダヤ人という出自、繰り返されるハレルヤ。

ハレルヤという言葉は、意味としては「神を讃えよ」という意味。イスラム教徒にとっての「インシャラー」、仏教の「なむあみだぶつ」と同じように、教義全体と唱える人をつなぐ一種の符丁、あるいは呪文のような言葉。レナード・コーエンはユダヤ人なので、しかも、そこそこ裕福な家の出身なので、ユダヤ教の影響を強く受けているだろうけれども、ユダヤ人のインテリがしばしばそうであるように、ユダヤ教の敬虔な信者というわけではないと思う。というか、普段はユダヤ人っぽいところをそれほど見せないのが、ユダヤ系のインテリの一つの特徴。だって、ディランも、アインシュタインも、フロイトも、マルクスも、みんなユダヤ人。ユダヤ教に凝り固まっていたら、あんな仕事ができるはずがない。

けれどそれでも、当然のことだけれども、旧約聖書とはみんな深い関係がある。
この歌も、イスラエル12部族を統一した最初の王となったダビデと彼が奏でた曲のことを歌っている。イスラエルの国旗に印された、二つの三角を重ね合わせた紋章は、「ダビデの星」と呼ばれていて、ダビデはユダヤ民族の歴史の中の最大の王だが、ダビデは、ダビデの前の王、サウルの苦しみを和らげ慰めるための竪琴を奏でる名手としてサウルの側近となったが、レナード・コーエンは、そんなダビデが王のために奏でた曲の名前としてどうやら、ユダヤ教最大の符丁的な祈りの言葉「ハレルヤ」使っている。

確かにそんな曲やその名前のことなど、日本人の私にとってはどうだっていい、何も日本人でなくとも、ユダヤ教とは関係のない者にとっては、どうだっていい。
けれどこの曲は大ヒットしたし、数百曲ものカバーが歌われているほどに、世界中で広く愛されている。カバーした人がみんなユダヤ人のはずはない。けれど、ディランも歌っている。それどころか、ディランはこの曲を褒め称えてさえいる。

一つの理由は、たぶん、このハレルヤという繰り返される言葉は、ユダヤ人や、旧約聖書を源流とするキリスト教徒にとっても、その教義や、その影響の中でつくられた文化の総体と響き合っているからだろう。そして長い間、世界の文化の主流が彼らの宗教と深い関係がある欧米である限りにおいて、「ハレルヤ」は、なぜか地球上のどんな人の心にも、不思議な呪文のように響く。

もう一つの理由は、なのにレナード・コーエンが、「ハレルヤ」という言葉やその背景を、礼賛しているわけでも強く感情移入しているわけでもなんでもないことだ。これは一つの曲に過ぎないとでも言いたげで、第1節でコード進行の妙に触れたりさえしている。それどころか、第2節では、神に愛された王の中の王ダビデや、旧約聖書最大の英雄サムソンさえ、美女の誘惑には負けてしまったと語る。つまり「ハレルヤ」という呪文の虚しさ、そして彼らでさえそうなのだから、ましてや自分などはと、自らの不信心と弱さを暗に語る。

そして第3節では、それでも自分にとって「ハレルヤ」という言葉は、なんらかの意味があると語り、どんな言葉にも一筋の光が込められているように、この曲にも、私は何らかの祈りのような思いを込めると、レナード・コーエンは、さらりと転じて、この「ハレルヤ」という曲のつくり手としての自分のことを語る。ここにソングライターとしての彼の巧みさのようなものがある。ディランが誉めた理由がわかるような気がする。遠く遥かな、どこか歴史の深層や普遍とつながる逸話と、自分とをさりげなく重ね合わせる巧みさ。

さらに第4節では、その歌を、今も、そしてこれからも歌い続けると歌う。この歌にはまさに起承転結の構造が仕組まれているが、しかしやや曖昧な、かなり難解なこの歌の言葉のつながりが、その作為をどこまでも謎のように包んでいて、この歌を聴く者の心には、「ハレルヤ」という呪文のようなリフレインだけが、いつまでも残る。

ふと、今の時代を、なんとかして少しでも良い方向に向ける符丁、合言葉のようなものはないものだろうかと思う。かつてのLove & Peaceという言葉のような、けれど今は、ビートルズの生き残りのリンゴ・スターが、Peace & Love とあえて語順を変えて言わなくてはならない今という時代の中で、意味を超えて誰の心にも響く言葉は、もうできようがないのだろうか、とも思う。

 

 

Hallelujah by Leonard Cohen
Album『Various Positions』(1984)

https://www.youtube.com/watch?v=ttEMYvpoR-k


 

leonard cohen
Leonard Cohen


…つづく

 

 

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   アルバム『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』より

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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