野添千納
(のぞい・ちの)

パソコン通信黎明期よりパソコンをコミュニケーションの手段として使い続けるコンピューター&コミュニケーション・ジャーナリスト。33歳。

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第5回:「ユーザビリティー」よりも、「お客様は神様です」

数年前から秋葉原の人気が落ち込み始め、新宿駅西口一帯が第2の秋葉原となりつつある。よほどこの街に精通した常連でもない限り、秋葉原で安いものを見つけようとすると、とてつもない数の店と距離を歩くことになるが、新宿のほうは店の数が少ないうえに、より狭いエリア1カ所に集中している。つまり、店のハシゴがしやすいのだ。たしかに、頑張れば秋葉原のほうが同じものを安い価格で見つけられるかも知れないが、たいていの場合、その差額は新宿から秋葉原までの往復の電車賃程度にすぎない(そして交通の便がよいのは秋葉原ではなく新宿の方だ)。

ところで、オンラインショッピングの時代になると、この店から店へのハシゴがさらにしやすくなる。10件の店を回ろうと100件の店を回ろうと、交通費もかからなければ足も疲れずにすむ。まるでテレビの番組をザッピングする感覚でショッピングができるのだ。

秋葉原や新宿での買い物では、基本的に店員の助言がすべてであり、それを信じて買い物をするしかないが、インターネットを使ったショッピングでは、その製品に関するさまざまな情報を検索して徹底的に分析ができる。こうなってくるとこれまでの小売業の常識は到底通用しない。顧客にどんな情報を、どんな形で提供すれば喜んでもらえるのかを徹底的に研究し、実践しなければ生き残りは難しいだろう。

アメリカではヤコブ・ニールセンという認知科学の博士が「ウェブの使い勝手(ウェブ・ユーザビリティー)」を学問的に研究している。日本はまだまだこの分野では出遅れているが、これをおざなりにするということは、自動車全盛の時代に人力車を流通させようとするようなものだ。もっとも日本の大企業に残された課題はこれだけではないかも知れない。

「ウェブ・ユーザビリティー」は、自社のサービスをユーザーにウェブを通じていかに使いやすく提供するかというノウハウだが、日本の大手企業を見ていると、どうもそもそも顧客に対してサービスをしようという姿勢が見られない。

たとえば日本の航空会社。エコノミークラス症候群がこれだけ騒がれている世の中なのに、水のボトルを出して、体操のビデオを流せばそれで問題解決だと思っている。これに対してアメリカン航空では2000年にはビジネスクラス、今年はエコノミークラスの座席を減らして、1席あたりのスペースを広くする努力をしている。おまけに、いまや機内で多くの人がパソコンを使うことを考慮して、エコノミークラスを含むほとんどの席にパソコン用の電源ポートを用意している。個人的な印象をいえば、日本の航空機のビジネスクラスは、アメリカン航空のエコノミークラスと同じくらいの広さに感じてしまう。

筆者が使う大きな副業をもつ大手銀行もしかりだ。口座を開くときには石鹸やらなにやら気の利いたサービスをしてくれたものの、口座を開いて以降はこの銀行にしてよかったと感じたことは一度もない。夜になるとATMですら閉まってしまい、自分のお金のはずなのに引き出すこともできない。日曜日夕方の成田空港でATMが閉まっていて何度不自由な思いをしたことか。もちろん、海外のATMで使えるカードも出していない。

NTTはこれまで通信業界の巨人企業としてかなり身勝手な振る舞いが目立っていたが、競合他社との生き残り合戦が激化したおかげで、最近はかつての殿様商売体質がずいぶんと改善されつつある。

しかし、先にあげたような大企業は、顧客の意見に耳を傾けるでもなければ、自らすすんで顧客サービスの改善や研究に努めるわけでもない。周囲の競合他社がほぼサービスを改善し終わった頃に、しぶしぶと重い腰をあげるだけだ。 こうした大企業の内部にも、おそらく自社の問題体質に気がついた人々がいて、上司や幹部たちと苦闘を続けてのだろう。だが、彼らがいくら内部で頑張っていたとしても、その成果が顧客にわかるように現われなければ意味がない。

これからeコマース、eサービスが増えていくにつれ、それらの商品やサービスを評価するウェブページも増えていくことだろう。そのときに彼らがやることが小手先程度のウェブ・ユーザビリティー評価では意味がない。顧客にとっての利益を第1に考えない企業は、そこから先、長いこと汚れたブランドに苦しめられることになることだろう。

 

→ 第6回:「使いやすさ」の悲劇
Internet killed the uability star


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