野添千納
(のぞい・ちの)

パソコン通信黎明期よりパソコンをコミュニケーションの手段として使い続けるコンピューター&コミュニケーション・ジャーナリスト。33歳。

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第8回:昨日の弁は昨日の弁

仕事柄、IT業界の要人をインタビューすることが多いが、同じ人物を繰り返しインタビューしていると、たまにその人物の話の内容が、前回のインタビューと食い違う場面に出くわす。前回の取材では、「そういうことはまずありえない」と言っていたことを、自分は生まれながらそう思っていたとでも言わんばかりに平然と手のひらを返して話してみせるのだ。成功している会社の大物ほどその傾向が強い。これは決して彼らが厚顔無恥なわけではない。激しい進化の荒波で揉まれるなかで彼らが必然として体得したひとつの生きる術なのだ。

「インターネット時間」は驚くほど早いペースで時を刻んでいる。「秒進分歩」で情勢は移り変わり、さっきの敵は今の友となる。つまり数カ月前の自分の意見というのは十数年前の考えに等しく、意見が違ったとしても「今と昔とではオレも変わったんだ」ということで、およそ責任が取れたものではない。むしろ、そんなことに責任を求めるほうがどうかしているというわけだ。

昔は大物と呼ばれる科学者たちが真顔で数年後の未来を予想していたが、今そんなことをしたら軽蔑の的にしかならない。なぜなら5年後を予想することは、インターネット創世時代でいう50年後を予想するのと同じくらいにむずかしいことだからだ。

幸運にも、米国ではこうした一般の人々でもIT業界の動向に精通している人が多い。日本のニュースが、「Yahoo!というのは、いってみればインターネット上の電話帳のようなもので」と、一般の人に向けて冒頭でまずは会社や技術の解説をするのに対して、米国では説明を省いていきなりニュースの本題に入る。IT業界を周辺から支える人々が、こうした姿勢を取ることによってインターネットタイムはさらに短くなる。

こうして進化は質量のないインターネットに触れることでどんどん加速する。創世時代のインターネット時代の会社設立準備期間と同じくらいの期間にいくつもの会社が設立されては天命をまっとうする。ダーウィン進化論の見えざる手によって、選ばれしものだけが生き残り、短い時間で進化の枝葉が右に左に大きく揺れ動く。

たとえばAmazon.comは、既存の通販事業のIT化ではなく、インターネットを大前提にビジネスとして誕生し一躍注目を集めたが、実際には人々に、インターネットを使えばこんなに簡単に新しいビジネスが立ち上げられるということを教え、多くのライバルの参入を招くことになった。だからこそ、その後の同社は販売方法1つにいたるまで細々とした特許を取得する方針を取ることになったのだろう。

やがて、ビジネスモデル特許がアイデア(というか思いつき)主体のベンチャー企業を後ろ盾することになるが、そうはいっても一発芸だけではなかなか勝者にはなりえない。結局、そうした企業はやがて失速して、アイデアやビジネスの仕掛けに、より工夫を凝らした同業者に道を譲ることになる。この流れはインターネット以前の企業にも通じるところがあるかも知れないが、IT業界においてはそのサイクルの速さも違えば、その過程で発生する競争の激しさも違う。

一時はインターネットの新しいビジネススタイルと盛り上がったオークションもYahoo!が日本国内で同サービスを始めた1999年と現在の間に激動の期間がった。筆者のブックマークに登録された15個の(国内)オークションサイトのうち、今でも残っているのはわずか5個だけである。しかも、無料登録が売りで大成功したYahoo!オークションも今年に入ってついに有料化された。

2年前、オークションサービスを始めたYahoo!はオークションだけで十分ビジネスが成立すると思っていたはずだ。しかし、その後、激しい競争があり、さまざまな事件が起こり(それによってメンテナンスなどにもお金がかかった)、必ずしも無償で続けるのが得策ではないということに気づいたのだろう。

インターネット関連のビジネスでは、短期間(場合によっては一瞬)に何万何十万人という規模の人が動き、現実の世界では起こりえないほどの激しい(リ)アクションが生じることがある。あおしてそれはときに誰にも予想がつかない。この世界で成功していくには、昨日の自分の考えや主張に縛られるのではなく、つねに現在この瞬間(とき)の情勢を適格に判断し、この瞬間における最善策を練らなければならない──刹那的ではある。しかし、これがこの時代に求められる素養と感覚であるにちがいない。

 

→ 第9回:空っぽの器──それでいいじゃない


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