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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第375回:旅客機撃ち落し事件

更新日2014/08/14



西欧のコトワザに、"幸せは単独でやってくるが、不幸は次々、一緒に来る"という意味のものが言い方をかえ結構たくさんあります。

マレーシア航空機のミサイル撃墜事件など、世界に何百とある航空会社のなかで、どうしてよりによってまたマレーシア航空なんだと…とりわけマレーシアの人、マレーシア航空で働く人たちは思ったことでしょう。

今回のウクライナ上空での撃墜のような軍事的、人為的な飛行機撃ち落し事件では、テログループが犯行声明を出さない限り、たとえ明確な"裏付け証拠"があっても、決して、"アッツ、つい間違えてしまいました。ごめんなさい、私が悪うございました"と謝った例がありません。

例外として、政府が全面的に犯行を認め、謝罪したのは、なんとカダフィのリビア政府だけです。このロカッビー(スコットランド)で爆破されたパンナム103便事件は1988年12月21日に起こりました。何者かが飛行機に時限爆弾を仕掛けたのです。

この事件では、はじめ二人の犯人をリビア政府が逮捕し、リビア国内で裁判にかけようとしましたが、結局、国連に二人を引き渡し、リビア政府が直接関与していることが明らかになり、リビアもそれを認め、10年以上の歳月を経てから、賠償金を払っています。これは例外中の例外です。

古いところでは、1973年にリビア航空がイスラエル空軍によって撃ち落とされ、108名が亡くなっています。そして、一番記憶に残っているのは1983年の大韓航空機撃墜事件でしょう。宗谷岬の北でボーイング747、ジャンボジェットがソビエトの戦闘機のミサイルで撃ち落とされ、268人が死亡しました。宗谷岬にその慰霊碑があります。

これは大韓航空機が領海(領空というのかしら)を侵したためだと言われています。 時のアメリカ大統領、レーガンは名指しで、ソ連のニコライ・オルガノフ参謀長官を"大ウソつき"と罵り、ソ連の航空会社アエロフロートのアメリカ乗り入れを禁止し、それに対しソ連はロサンジェルス・オリンピックをボイコットしたりで、あわや第三次世界大戦か??と騒がれたものです。

この事件でも、ソビエトは大韓航空機があきらに領空侵犯を犯しているうえ、ソ連の戦闘機が何度も発した無線の問いかけにも応じず、警告、誘導にも応じなかったので、最終警告を発してから、ミサイルを発射したと主張し、謝罪していません。

大韓航空のジャンボ機撃墜事件には前哨戦?があり、事件の5年前の1978年にやはり大韓航空機がソ連のミサイル攻撃に遭い、ムルスマンスクというところにどうにか不時着し、死傷者15人を出した事件が起こっています。これもソ連は領空侵犯だと言っています。確かに不時着したところがソ連領でしたから、どのような理由からか大韓航空機がソ連の上空を飛んでいた…と言われています。

何でも大きいこと、一番が大好きなアメリカも、おとなしく黙っていません。1988年7月3日、アメリカ海軍の巡洋艦がミサイルでイラン航空655便、エアーバス300を撃ち落としてしまったのです。全員死亡、290人(うち66人が子供)が亡くなりました。"アラッ、やっちゃった"式撃墜の世界最高記録を保持しています。

イラン航空機を撃ち落としたアメリカ巡洋艦の艦長さんウイル・ロジャースが、はっきりとミサイルを発射せよ、あの飛行機を撃ち落せと命令しているのです。アメリカ国防省の報告書では、艦長の判断は適切であったとしており、事件後2年経って、ウイル・ロジャース(もう呼び捨てです)はなんと勲章まで貰っているのです。戦闘機と大きなエアバスとの区別もつかずに撃ち落として勲章が貰えるんですね、アメリカでは。

イランが怒るはずです。イランは安保理にこの撃墜を"犯罪行為"として問責決議を求めました。その時レーガンの後を受けて選挙戦の最中だったブッシュ(父親)が、「どんなことがあっても謝ることは絶対ない。事実などまったく気にしない」との名言(迷言?)を吐いています。

事件から4年後、アメリカの巡洋艦の方がイラン領海に深く入り込んでいて、明らかに領海侵犯を犯しており、国防省の報告にあったように、イラン航空が航路を離れていたという証言も全くのウソ、民間機と戦闘機を区別するトランスポンダーがモード2(民間航空機以外の飛行機)を示していたというのもウソだと判明したのです。アメリカは国防省の報告書に始まり、艦長から大統領まで、ウソ、デタラメに終始していたのです。

それから8年経った1996年に、クリントン大統領が謝罪はしないけど1億3,180万ドルという巨額の"見舞金"を遺族とイラン政府に支払っています。もちろん裏取引として、イラン政府は国際司法裁判所への訴えを取り下げています。これはとても奇妙な話で、非は認めない、謝罪もしないけどお金をやるから、お前たちダッマテいろ、もうこれ以上騒いでくれるなという、一般社会では考えられないドロドロした外交処理で一件落着させたのです。

ウクライナ上空でのマレーシア航空機撃墜事件でも、たとえ誰がやったか確定できたとしても、決して誰も自分のミスを認め、謝ることはないでしょうね。それが国際的な政治感覚、ジョーシキのようなのです。外交には、「すみません、ごめんなさい」という言葉が存在しないようです。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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