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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
第189回:"空から降ってきたトミー"人種偏見は人生のスパイス?
更新日2010/12/16


数年前、雨漏りの激しい屋根を張り替えるため、新聞に3行広告を出していた自称経験豊かな屋根張替え屋さんに来てもらったことがあります。
 
髪をアフロレゲー風に結った物凄くハンサムで、しかも筋肉隆々たるマッチョマンが、これまたウルトラマッチョの助手を連れてやってきました。二人とも黒人でした。この二人の働きぶりは前代未聞の猛烈な馬力で仕事にかかり、古い屋根を剥がす時など、まるで機銃掃射を受けたかと思ったほどで、すさまじい破壊力でドタンバタン、バリバリと壊し、ほとんど一日で"壊し"の部分を終えてしまったほどです。

でも、それから屋根を葺く段になると、うちのダンナさんが言うには、どうも基本定理その一である「水は高きから低きに流れる」さえ分かっていないようなのです。おまけに、足の踏みどころを間違ったのか、大音響と共に主将格のトミーが天井をブチ破り、新しい絨毯を敷いたばかり(しかも明るい白に近いグレーのですよ)の部屋に降ってきたのです。

私たちは幸運にも他の部屋にいましたが、まるでロケットミサイルでも撃ち込まれたか、と思ったほどでした。私たちがその部屋へ文字通り吹っ飛んでいったところ、トミーはもうもうとした埃の中、呆然とし、「ウーム、一体ここはどこなのだ」といった表情で立っていたのです。ボブ・マーリー並のかっこいいヘアーも、美しく輝いていた漆黒の肌も、全身、天井裏に半世紀も溜まった灰色の埃にまみれ、まるでゾンビのようでした。 幸い彼はかすり傷ひとつ負っていませんでしたが…。 

その時のことは思い出すたびに大笑いします。ダンナさんの予言は当たり、総張替えしてもらった屋根は遠くから見るととても綺麗に仕上がりましたが、前よりも雨漏りが酷くなってしまいました。

前置きが超長くなってしまいました。
その時、二人の職人?さんと昼ご飯や休憩の時、彼らとおしゃべりをしました。「この小さな大学町に黒人をほとんど見かけないけど、黒人がこの町の保守的な性格を嫌っているからなのかしら」と私が言ったところ、二人とも顔を見合わせ、「何を言ってんの、郡の監獄に行ってみな、あそこには黒人がごっそりいるぞ」と言われてしまいました。ウルトラマッチョの助手の方が、何日だか前にそこから出てきたばかりだから、これほど確かな情報はありません。

一日の仕事を終え、彼らが帰る前にウチのダンナさん、いつも冷えたビールで彼らをねぎらっていましたが、帰りの道すがら飲むようにと缶ビールを渡そうとしたところ、黒人二人でトラックに乗っていると、オマワリさんに必ず停められ、色々訊かれ、車の中にアルコールがあるだけで、酔っ払い運転として拘留されるから…と言って辞退するのです。
 
人種偏見は誰でも持っています。そして、偏見を持たれる側に身を置かなければ実感できないことがたくさんあるようです。この町で、黒人でいることは私には想像できない苦労があるようです。

うちのダンナさんはモンゴロイドの日本人ですから、当然、コーカソイドの白人の中では異種です。私たちがプエルトリコに住んでいた時、彼が一人で出入国すると、100%といってよいくらい、イミグレーション、税関を通った後、どこかに隠れている私服の特別捜査官のような移民局の係官に呼び止められ、尋問され、パスポート、グリーンカード(アメリカの在留許可証)をチェックされ、身体検査を再度されていました。終いには同じ検査官に何度か止められ、ダンナさんの方が、「お前、まだ俺のこと覚えていないのか」とグチリ、検査官の方も、「あっ、お前だったか」と顔なじみになったほどです。

それが、彼が私と(私はコーカソイド、スコットランド系のシロンボです)連れ立って通関をする時には、特別捜査官のような係員に呼び止められたことはないのです。もっともダンナさんの方から私服の係官を見つけ、「今日は呼び止めないのか?」とか声をかけていましたが。これが出入国の時だけですから、まだ笑って済まされますが、髪をアフロにした黒人の場合は、日常生活の中で常にそんな目に遭っているのでしょう。

テレビや新聞のニュースに登場する犯罪人にスペイン系の名前が多いので、ああ、またメキシコのドラッグギャングが事件を起こしたと、ステレオタイプができてしまいそうです。でも、大半のメキシコ人は、地元の人がやりたがらない厳しい労働を安い賃金で請け負う働き者です。この町でも、メキシコ人がいなくなったら、ほとんどの建築土木工事はストップし、名産の桃やサクランボ、ブドウも収穫できなくなってしまうでしょう。

ダンナさんは黄色い肌の特権を利用しないほうがあるかとばかり、黒人の教会に出かけたり、アメリカインディアンの溜まり場になっている、かなりラフなバーに行ったり、シロンボの私たちにはできない面白い体験をしています。その割りに日本人だけが集まるようなところにはほとんど顔を出しませんから、案外日本人に対して偏見を持っているのかもしれませんね。

適度な偏見は人生のスパイスのようなもので、決してなくならないでしょうけど、偏見を差別まで発展させると、せっかくの美味しい桃やサクランボ、ブドウを木の上で腐らせることになるのでしょうね。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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