坂本由起子
(さかもと・ゆきこ)

マーケティングの仕事に携わったあと結婚退社。その後数年間の海外生活を経験。地球をゴミだらけにしないためにも、自分にとって価値のあるものを探し出したいと日々願う主婦。東京在住。

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第6回:フォンデュを囲む至福の時間

ある料理のためだけに使う鍋を持っている。と書くと、なんだかいっぱい調理器具をもっていると思われるかもしれない。その鍋は4年前の誕生日に父からプレゼントされた、フォンデュ用の鍋である。卓上用の小さめ鍋で、下にはウォーマーが付いていて冷めない仕組みになっている。これでなくてはダメというものではないが、とても実用的で、しかも食卓を楽しく演出してくれるので、今では手放せないものになった。

さて、フォンデュといえばチーズフォンデュが真っ先に浮かんでくる。デザート好きの人ならばチョコレートフォンデュなんていうのもありそうだ。つい5年程前までは、その2つしか知らなかったし、じつは食べたこともなかった。そんな私がフォンデュ鍋を手に入れるきっかけとなったのが、オイルフォンデュとの出会いだった。

アメリカのシリコンバレーに住んでいた頃、ある家族と出会った。日本人の奥さんとアメリカ人の旦那さん、そして女の子と犬が2匹。その3人と2匹はレッドウッドという森の中で暮らしていた。

ある日、彼らの家で夕食をご馳走になったのだが、その時の料理がオイルフォンデュだったのである。テーブルに用意された鍋の中には熱々のオイル。そして一口大にカットされた肉やジャガイモが並んでいた。それらを串に刺して鍋の中に入れ、程良く火が通ったところでタレを付けていただく。たったこれだけの料理なのだが、香ばしく、思ったよりさっぱりとしていて文句なしにおいしい。おかげでワインが進む進む…。すっかりこの料理にはまってしまったのである。

それまでワインをあまり飲んだことがなかった私も、カリフォルニアで安くておいしいワインと出会ってからというもの、ワインがおいしく飲みたいからといっては、オイルフォンデュを食べることになった。具も、当初の肉とジャガイモだけから、エビやにんじん、アスパラガス、カボチャ、とバリエーションが増えていった。タレも韓国のプルコギソースをベースに、ニンニクとネギ、ショウガをたっぷり入れたものに落ち着いた。こうして我が家の味ができあがった。

ときどき友人を呼んで食事をする我が家では、みな一度はこのオイルフォンデュを食べている。自分のペースで食べられるのと、ちょっと見た目に豪華な感じがして、人が集まった時のお決まりのメニューになっている。準備も材料を切っておくだけなので、気軽にできてしまうところもうれしい。そしてこのフォンデュ鍋があるというだけでテーブルは不思議と活気づく。

静かな森の中で、のんびりワインを飲みながらの食事をしたあの日。キャンドルと暖炉の明かりに包まれて、カウチでくつろぐ私の側に寄り添う犬たち。決して気取っているわけでもなく、贅沢でもなく、彼らにとってはごく普通のことだったようだが、なぜか私には豊かな暮らしをしているように見えた。そこはまるで自分の部屋にでもいるように居心地がよかった。

いつか自分の家もこんな風に人を呼べる場所にしたいなと思いつつ、また友人たちを自家製フォンデュに誘う。あの森の中で私が感じたように過ごしてくれることを願って。

 

→ 第7回:古地図は語る


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