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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”

更新日2018/02/01

 


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ヨットハーバーからイビサ港を眺める。夜景もまた美しい

カフェテリア『カサ・デ・バンブー』を開いた時、理想的なロケーションを探したわけではなかった。借りて住んでいたアパートの大家さんが、同じ敷地内にカフェテリアになりそうな庭付きの建物を持っていたという、偶然から決めただけだった。そんな場所があったからカフェテリアをやろうか…と思い付いただけのことで、カフェテリアをオープンしたいからそれ向きの地所を探したのではなかった。結果的には、そこが絶好のロケーションだったのだが…。今思えば、よくぞ怖いもの知らずにレストラン、カフェテリアをオープンしたものだと思う。

料理はインスタントラーメンを作った程度の経験しかなく、食べる方も、大学の学食から学生向けの激安飯屋を渡り歩いていたから、到って貧しい限りだった。カップヌードルが出始めの頃、近くのスーパーでカップヌード?―このカップの中にヌードの人形か何かイイモノが入っているのかもと思い―買い込んだものだ。冷静に考えなくても、普通のスーパーの食品売り場でナントカヌードを売っているわけがないのだが、貧しい学生時代、食にも性にも相当飢えていたのだろう。もちろん、カップの中にヌードは入っておらず、ヌードルだけだった。

きちんとしたレストランでフルコースなるものを摂ったことなどなかった。人並みに、これは美味い、という味覚を持ってはいたと思うのだが、それより先に、まずは腹一杯、飢えを癒すために詰め込むのが私の食生活の基本だった。言ってみれば、戦後の食うや食わずの食糧難の時代に育ち、そのまま常に腹をすかして学生時代を過ごし、必要最低限のカロリー摂取だけを食の目的としてきたバックパッカー崩れだったのだ。

そんな私が腐心したのはメニューだった。何を売りにしてこのカフェテリア・レストラン『カサ・デ・バンブー』を成り立たせるか、ド素人ながら、ない知恵を絞った。本格的なコックを雇うことはハナから考えなかった。洗い場に一人と台所とウエイターは私一人でこなすつもりだった。遅ればせながら、イビサの流行っているレストラン、カフェテリア、バルを食べ歩き、メニューを検討し、お客さんがどんなものを喜んで食べているかを観察し始めたのだ。

流行っているレストランに共通して言えることは、ロケーションが良いこと、雰囲気アンビエンテがあること、価格に相応した食事を提供していること、それにこの店だけの独特の料理が一つ、二つあれば言うことなし、接客が良く、くつろげること、などなど、当たり前の教訓を得たのだった。

日光浴をした後で、立ち寄るだけのカフェーにしてしまうと、ただ、よく冷えたビールやジントニック、カンパリソーダなどのアルコール入りの飲み物、ワインそれにジュース類にミネラルウォーター、朝のコーヒーくらいで、売り上げはタカが知れたものだ。昼は軽食、夜は一品料理にしても晩餐になりうるメニューを供さなければショーバイにならないことは初めから分かっていた。

苦肉の策だが、私自身が料理をしなくて済むように、テーブルにコンロを置き、お客さんに自分で料理してもらうことにしたのだ。メインのメニューは“ジンスカン”で、あのクソ重い鋳物のジンギスカン鍋を10個ほど日本から取り寄せた。肉はラム、マトンがここスペインでは値が張るので、もっと安い豚と牛、はては鶏肉を自家製のタレに漬け、十分味を染み込ませたものを出すことにしたのだった。もう一つの目玉メニューは“スキヤキ”で、これは店のキッチンで八分通り料理し終わったものをテーブルの上のコンロで冷めない程度に暖めるものとし、出した。

昼は軽食程度にした。スペインでワンパターンの前菜、メロンにハモン・セラーノ(生ハム)を被せるように載せたもの、ベルギー・エンダイブ(endivia)にロックフォーチーズソース(ブルーチーズのソース)、マンチェゴ(Manchego)などスペイン産のチーズに地元のケソ・フレスコ(queso fresco)の盛り合わせ、アセイツナ(aceituna;オリーブ)も地元イビサのニンニクを効かせた大粒の黒オリーブの酢漬け、旬のサラダ、スモークドサーモン(これはノルウェー産)の簡単なサンドイッチ(Bocadeillo)を出した。 

パンは長細いバゲット(Barra;フランスパン)ではなく、パン・パジェス(Pan Payés)と呼ばれるバレアレス諸島独自のパンをその都度薄くスライスして供した。パン・パジェスは直径30センチほどの中央が丸く盛り上がったパンで、本来なら、イビサの農家の石釜で週一度焼く、保存の効く香ばしいパンだ。焼く前にパンのドゥを種として少し次回醗酵させるためにとって置く。何十年、何世代―イビセンコ(イビサ人)は言うのだが―を経たパン種は周囲のこもごもの雑菌、良い菌、悪い菌を巻き込み、その家独特の風味を作っていく…ともっともらしいことを言われ、イビサの家庭で焼かれたパン・パジェスに同じものはナイ…ことになっていた。

これは当然といえば当然のことで、まず石の釜が各家で異なる。イビサの古い家には固有の半球型をした小型のドームがある。天辺に煙抜きの低い煙突が突き出ている白く塗られたドーム、焼き釜はイビサの家に特有の風景を醸し出している。燃料の薪もその界隈にある雑木だから、パンの種も違えば、違った釜、違う薪で焼かれたパンの風味が違ってくるという道理だ。 

その頃、すでにイビサに広まっていたバゲット(バーラ)は焼きたてなら良いのだが、4、5時間も経つと、一挙に香ばしさが消え失せ、歯が折れそうなほど硬くなってしまうのだ。その点、パン・パジェスは初めから硬くしっかりと焼いてあるので、4、5日は十分に香ばしさが残り、日持ちする。ドイツ人にこのパン・パジェスが人気だったのは、多分にドイツの黒パンに似ていたせいだろう。

パン・パジェスにフォアグラ――と言っても本物ではなく小さな缶に入った豚の肝臓パテなのだが――を付け合せた軽食が人気、売れ筋メニューになった。缶詰のパテを素焼きの容器に移し替え、新鮮なハーブ、バジルを細かく刻んだものを十分混ぜてから、その上にケッパーの酢付けを何個か載せ、軽くトーストしたパン・パジェッスと一緒に出しただけなのだが、これがランチメニューのヒット作になった。

『カサ・デ・バンブー』のメニューは初めから固定したものではなく、店をやって行くうちに、これは人気なし、手間隙がかかり過ぎ、日持ちしないなどの理由で随分落としていったし、遊びがてら居候を決め込んだ友人たちが、多少は私より口が肥えている上、ストックホルムやニューヨークで俄かキッチンヘルパーとしての経験のあるバックパッカーたちが種々雑多な忠告をしてくれていたのを素直に新メニューとして取り入れたのだ。

私自身も付け焼き刃ながら、料理の本を4、5冊読み、これはと思う料理をプロ用の台所で試作し、友人知人を招き食してもらい、批評を仰いだりした。また、レストラン経営の指南書なども紐解き、今まで考えたことすらない光熱費など、絶対必要経費、人件費、オファーするメニューの原価計算のやり方、売り上げに対する割合などなど、俄か知識として仕入れたりした。

だが、いずれにせよド素人が場所があるからという理由でだけで、いきなり店を出したことに変わりはなかったと思う。旧友たちは、「そりゃ、無理ムリ。レストラン、水商売はそんなに簡単なものじゃない。火傷して大穴を開ける前に止めとけ!」と忠告してくれたものだ。

-…つづく

 

 

第6回:ヴィッキー その5 “誕生日パーティー”

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第1回:白い島“イビサ”との出会い
第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
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