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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第105回:カルメン、コカインで逮捕される…

更新日2020/02/20

 

ここに登場してもらうカルメンは、洗い場のヒターノ(ジプシー)おばさんではなく、イビセンカ(イビサ女性)の方のカルメン、友人のぺぺと長いこと同棲し、その後玉のような赤ちゃんを産んだカルメンのことだ。

フランコ総統(1892-1975年)死後のイビサは、一挙に花が咲いたようにマリファナ・フリーの島になった。マリファナ、ハシシ(固形大麻樹脂)は野放しで、公認のようになっていた。アムステルダムやモロッコから来る避暑客が少量のマリファナを持ち込んだところで、それを取り締まるスベがなく、チマタでは個人使用分なら、それを売買するためでなければ、お構いなしと、島の人は勝手に捉えていた。

だが、コカインやヘロインなどの精製されたドラッグにはかなり厳しかった。

私はぺぺもカルメンも、彼らが十代の頃から知っていたし、彼らが一緒に暮らすようになってからはより親しくなり、私のイビサの窓になってくれたものだ。

母国語の他にフランス語、英語を流暢に話し、片言のドイツ語も操るカルメンは、イビサ空港でイベリア航空の地上勤務に就き、ぺぺは義務兵役を海軍で終えた後、タクシーの運転手をしていた。

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海岸線ギリギリに建ち眺望抜群のゴメス・アパート

私の住んでいたゴメス・アパートは、広く豪華な物件から、ワンルームにキッチンとバスルームが付いただけの小さいものなど総計7軒あった。ぺぺとカルメンもその一つに私の隣人として住んでいた。

3、4日カルメンを見ないので、ぺぺに、「カルメンはどうした? 近頃見ていないが喧嘩でもしたのか? それとも体調でも悪くしたのか?」と訊いたところ、ぺぺはいかにも参ったな~という風に、カルメンが拘置所に拘留されている顛末を語ったのだ。

ゴメス・アパートの一番大きな物件は、大きな松が数本、椰子の木が十数本植わった、涼しげな木陰のある庭を通り抜け、頑丈な両開きのドアから入る豪壮なものだった。その物件からは東側の城砦もデンボッサ海岸に沈む夕陽も眺めることができた。

具体的な金額は忘れてしまったが、私のワンルームのスタディオタイプの4、5倍の家賃だったと思う。いわば、お金持ち人種用の豪華なアパートだった。

そこに、フランス人カップルが越してきた。フランス語が堪能なカルメンが通訳になり、そのカップル、ジョーとモニクが、イビサで暮らし始める手助けをしていた。カルメンはお人好しで、誰彼なくよく世話を焼き、とりわけ部外者を受け入れ、メンドウをみる時、親身になって世話をするタイプ、性格だった。

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スペイン・ブランデーの高級品『カルロス一世』
(クリックでリオハの高級ワイン『マルケス・デ・ムリエタ』)

私はジョーとモニクを『カサ・デ・バンブー』の客としてしか知らないが、彼らのお金の使い方は恒常でなく、金使いが荒いという普通の範疇に収まり切らないものだった。ワインはいつも最高(私の店のレベルではだが…)の“マルケス・デ・ムリエタ(Marques-De-Murrieta)”、食後のコニャック(ブランデー)は“カルロス一世(CARLOS Ⅰ)”、周りのテーブルのお客さんへ、ワインを勧め、コニャックの瓶を回し、一度など、その時『カサ・デ・バンブー』にいたお客さん全員の支払いを彼がしたことすらあった。

ジョーは小柄、痩せ型、血走った目をした黒髪の男で、モニクの方は中背だが痩せぎすで、むしろガリガリの病み上がりのように見えた。二人が相当ドラッグに溺れていることは見て取れたが、マリファナかハシシで常時トンでいる程度だと思っていた。それにしても、彼のお金の使い方は常軌を逸しており、どちらかの親か親戚から、とんでもない遺産でも転がり込んできたかのようだった。その時点で、彼らがドラッグ売買に絡んでいることに気づくべきだったのだが…。

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滑走路から観たイビサ空港(クリックで空港内ロビー)

ジョーとモニクが越してきてから半年も経った頃だろうか、二人がフランスに一時帰国すると言うので、カルメンが自分の車でイビサの空港まで送っていった。

カルメンはイベリア航空のカウンターで働いていたので、イビサの空港に勤務している大半の人たち、セキュリティー・オフィサー、保安警官、イミグレーション・オフィサーから掃除のおばさんまで顔見知りだった。 

カルメンがジョーとモニクと連れ立ってチックイン・カウンターに向かって歩いている時、私服の警察官が近づいてきていたが、カルメンは彼らと顔見知りだったので、気軽に挨拶を交わそうとしたところ、私服の警察官は厳しい顔付きのまま、3人を調査室へと連行したのだった。 

そこで、カルメンの手提げバックの中に何グラムか、相当量のコカインが見つかったのだった。このような鬼門を何度となく潜り抜けてきたジョーとモニクは、私服の警察官を一目で見抜き、モニクが素早くコカインをカルメンのバッグに入れたのだった。そんなことに、カルメンは全く気が付くはずがなかった。 

当然、3人は別室で尋問され、拘置所に放り込まれたのだった。
後で思い起こしてみれば、ジョーとモニクはドラッグ・ディーラーとして完全にマークされていたと思う。ドラッグの密輸にイベリアの職員が絡んでいたとなれば、大スキャンダル、検察にとっては大手柄になる。カルメンは通常の拘留期限をはるかに越える10日ほど、拘置所に泊め置かれ、その間、ぺぺがセッセと朝、昼、晩の食事を作って運んでいたのだった。拘置所で泣き明かしたと、カルメン自ら出所後に言っていた。

カルメンは裁判にすらかけられなかった。これには二つの幸運が作用していた。一つには、空港の私服の警察官が、モニクがカルメンのバックに何か入れるのを目撃していたこと。二つ目は、ジョーがカルメンは全くコカイン所持に無関係であると証言し、罪をすべて一人で被ったからだった。

カルメンの出所祝いは、盛大に『カサ・デ・バンブー』で行われた。
私は、このパーティーの費用は全部ジョーの付けにする…と宣言し、シャンペンを抜き、カルメンのドラッグ・ディーラーとして失敗したデヴューを祝ったのだった。私があまり陽気にドラッグ・ディーラーとしてのカルメンをチャカスので、カルメンは、「もう、アンタなんか、空港に送って行ってあげないわよ…」と言い出す始末だった。

カルメンはイベリア航空をクビにならなかった。

ジョーとモニクの住んでいたゴメス・アパートは徹底的な捜索が行われた。二人は数ヵ月刑務所に留め置かれ、その後、国外追放、二度とスペインに入国できない処置が取られた…と聞いた。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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