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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第144回:洗濯屋で成功したハナとマイケルの話

更新日2020/11/19

 

当時のスペイン、イビサでは、女性は専業主婦が多く、プロの仕事に就くことがマレだった。外で働いている夫が昼食のために家に帰ってくるので、正餐であるお昼ご飯を調理するためには、午前中に市場に買出しに行かなければならない。学校に通う子共がいれば、送り迎えも主婦の仕事だ。しかも、子供たちも昼食を食べに帰ってくるので、午前、午後と2回送り迎えをしなければならない。

実際、呑気な専業主婦というイメージとはおよそかけ離れている…と思わせるほど、スペインの女性はよく働く。貧しい人が住むピソ(piso;高層アパート)でも、家の中はビカビカに磨き上げ、床のタイルが磨り減ってしまうのではないかと、余計な心配をしたくなるほどだ。

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当時は洗濯板で手洗いが主流だった(参考イメージ)

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備え付けの洗濯槽(参考イメージ)

洗濯も電気洗濯機が安値で出回るまで、私がイビサに住み始めた当初は、まだ大きなタライに洗濯板でやっていた。よほどの大金持ちでもない限り、衣類やシーツを洗濯屋に出すことはなかった。ヒターノ(gitano;ジプシー)がワイシャツやTシャツ、シーツなどを安い料金で請負い、洗ってくれていた。洗濯物が入った大きな袋を担いで季節外れのサンタクロースのように歩く太ったヒターノおばさんの姿が町中でよく見られたものだった。

ハナとマイケルは二人揃って超重量級の大女と大男だ。ハナはドイツ、ババリア(バイエルン州)の産で、小さな愛嬌のある顔…ということは、美形ではないということになるのだが…をアメフトのショルダープロテクターを着けたようなイカリ肩に、骨太、それに盛大に肉を巻き付けたような体格の上に乗せていた。

一方のスペイン男児、マイケルはヴァレンシア出身。彼も頑丈一手張りで、ハナの向こうを張るような身体の持ち主。しかも、マイケルは顔のほぼ全面を濃い髭で覆っていた。このカップルは二人並んで旧市街の狭いカジェ・デラ・ヴィルヘン通りを横に並んで歩くことができないことはまず間違いない。二人の広い肩が路地の幅より広いからだ。

彼らは恋人同士の時から『カサ・デ・バンブー』によく来てくれた。図体のいかめしさに拘わらず、彼らは静かな優しい声で話し、お互いに細かな気配りを見せるのだった。
「私たち結婚したのよ」と知らせてくれた時だったと思う。二人でできる仕事を探した挙句、洗濯屋を始めることにした、と聞いた。まもなく、洗濯屋開業案内がてら『カサ・デ・バンブー』にやってきて、「下着からティーシャツ、テーブルクロス、ナプキン、ワイシャツのプレス仕上げまで、何でも来いの体制だから利用してね…」と宣伝怠りなかった。

大型の業務用洗濯機と乾燥機を数台ドイツから運んできた時、スペインで通関する際の苦心談、機械を据え付ける時のドタバタ、イビサの超硬水を軟水にするためのウォーター・ソフトナーを注文し忘れ、後になってから航空貨物で取り寄せたことなどなどを明るく語るのだった。

彼らの洗濯屋は狭いヴィア・プニカ通りがほとんど新市街、フィゲレタスに達する場所にあり、周囲もピソ(高層アパート)が立ち並ぶ住宅地だった。そこの一階の角が彼らの店だった。周りに商店など全くない場所で、彼らの店、仕事場も、近づいて、ガラス戸を覗かない限り、一体何をやっているところか判らないような店構えだった。

彼らの洗濯屋は、もちろんデリケートなもの、ウールや絹などの高級衣料品も扱うが、半分以上はレストランやホテル相手で、テーブルクロス、ナプキン、シーツ、枕カバーなどが中心で、後はアメリカによくあるコインランドリーを請け負ってやる方式を取っていた。これは私のような独り者で、しかも夏場に忙しい人間にとって大いに利用価値があった。色物と白系とは分けて持っていくにせよ、3キロと5キロの二つのカテゴリーに分けているだけで、それをポンと彼らに預けると、驚くほど奇麗になって戻ってくるのだった。しかも、きちんと畳んであるのだ。

そして、何よりもありがたいのは、持って行った次の日に仕上がっていることだった。5キロの下着、ティーシャツといえば相当な量になるから、とても自分で手洗いできるものではないし、料金も気になるほどの金額ではなかった。それまでは、ヒターノおばさんはシャツ一枚で幾らと取っていたから、まとめて出すハナとマイケルの洗濯屋は相当割安になった。ただ、自分でそこまで持って行かなければならないことだけが面倒だった。

彼らの仕事の大部分は、近くにたくさんあるホテル、ペンション、レストランから貰っていたと思う。大きなホテルは、自分の所で洗濯室も設け、人を雇い、大量のシーツ、ベディングを洗っていたが、イビサには個人規模の部屋数が5~6室から20~30室程度の小さなホテルがたくさんあり、そこから回ってくる洗濯物が彼らのショーバイの中心だった。

夏の盛りには二人とも、文字通り汗だく、大わらわになって働いていた。昨日は夜の11時まで働いたとか、ここで働くのはダイエットになり、二人ともシーズン終わりにはスマートになっているよ…とか言いながらも手を休めることはなかった。

彼らの洗濯屋が大繁盛したのは、約束した時間通りに仕上げるからだと思う。もちろん、仕上げが奇麗であることは必須条件であるにしろ、時間、期日を守るという一点だけでも、イビサにおいては、目を見張るような新しいコンセプトだった。それは、小さなホテル、レストランにとっては重要なことで、次のチャーターフライトで送り込まれてくる避暑客が到着する前に、ベッドを作っておかなくてはならないし、ちょっとしたレストランでは毎日テーブルクロスを取り替える。高級なところは、客が変わるたびに取り替えるからだ。

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洗濯屋(lavanderia;参考イメージ)

ハナとマイケルの洗濯屋は急激に規模を大きくしていった。春先に開店し、夏場に入る前にはフルタイムで二人雇っていた。夏のイビサは人手がいくらあっても足りない、人手不足になる。チップの入るウェイター、ウェイトレスに人気が集まる。それでなくともレストランの洗い場、調理、ホテルのメイド、あらゆる店の売り子など、猫の手も借りたいほどになる。しかし、時間的な制約の多い、子を持つ主婦にはそんな恩恵にありつけない。

日本では当たり前になっているパートタイマーを、午後の3~5時間だけという条件で、ハナとマイケルは主婦を雇ったのだ。夜の12時まで開いているレストランと違い、仕事量だけこなすなら、何時でもよいタイプの洗濯やプレスの仕事は、主婦のアルバイトに持って来いだったのだろう。

私が5キロの洗濯物を持っていく度に、働いている人がグングン増えていくのだった。シーズン終わりには店の両隣のスペースに職場を広げ、新しい大型の機械を入れるほどになっていった。

私は改めてイビサでは時間通りに仕事をこなすというだけで、これほど成功したことに感心したのだった。いくら“アスタ・マニャーナ”(Hasta mañana;明日またね!)の国でも、他人が自分のために時間を守ってくれるありがたさは分かっているのだ。ただ、自分は他の人のために時間厳守はしないけど!


-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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