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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第20回: “元ナチスドイツSS隊員”のクルツさん

更新日2018/05/17

 

イビサには固定したファンのようなリピーター避暑客の外国人が多い。島に自分の別荘を持っている人たちは当然だとしても、毎年のように2週間、3週間のヴァカンスをイビサで過ごす人たちがたくさんいるのだ。彼ら、ドイツ、イギリス、北欧の人たちは、毎年どこか違う避暑地、ギリシャの島々やマルタ島、スペイン南部のコスタ・デル・ソル、それにアリカンテ、カナリア諸島、ポルトガル、南イタリアなどで過ごした末、自分に最も合ったヴァケーションランドとしてイビサを選らんだことのようだった。

よって、イビサに毎年来て、20年、30年という、いわばイビサ大べテラン組が大勢生まれることになる。ドイツ、イギリス、北欧の人たちの太陽に対する憧れは信仰に近いものがある。彼らの太陽信仰は北の国の低い雲がどんよりと空を覆い尽くす、寒く湿った長い冬場を何年か過ごさなければ理解できないのだろう。

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市街との結界となっているトンネル

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トンネルを抜けると視界が開け海岸が迫ってくる

『カサ・デ・バンブー』のある地区は“ロスモリーノス(los mollinos)”と呼ばれ、イビサ島の首都イビサの旧市街から歩いても15分程度の距離しかない。なだらかな坂道を登り、100メートルあるかないかのトンネルを抜けると、一挙に視界が開け、真っ青な地中海を望むことができる。町からこんな至近距離に別世界が広がっていることに誰しも驚くことだろう。

そのトンネルの上に相当酷く壊れた風車塔の残骸が残っており、それで“ロスモリーノス”すなわち“風車”のある地区と名付けられた。この風車の遺跡はロセージョ一家の持ち物で、ホテルも経営しており、私がイビサに移り住んだ当初、観光客を集めるナイトスポットになっていた。フラメンコとイビサの伝統舞踊を見せるディナーショーで、小型のバスでホテルからかき集めた観光客相手のショーバイをしていた。

風車の持ち主、ロセージョ一家はイビサではチョットした資産家だった。ホテルやアパートを幾軒か持っており、その一つが、『カサ・デ・バンブー』の坂道に階段状にアコーディオンのように並んだアパート群だった。総計30軒ほどのバカンス客向けのこれらのアパートのほかにも、丘の上に6階建ての大きなアパート・マンションも持っていた。

そこにドイツ、イギリス、北欧のイビサ定期組が滞在していた。ロセージョはゴメス・アパートとは違い、私のような常住組よりも、夏の何ヵ月間だけヴァカンス客やリピーターに貸す方を選んでいたことだ。恐らく上手に旅行代理店と契約し、かつ固定客も独自に受け入れていたのだろう、アパートはセマナサンタ(イースター)から10月末まで、常に満室状態だった。最初に登場した三美神もロセージョ・アパートに住んでいた。

ロセージョ・アパートに毎年来るドイツ人は、一種のイビサ同好会、同窓会的に集い、あちらこちらのレストラン、バーを回っていた。大体、ドイツ人はツルミたがる傾向が強い。そのルーティーンに『カサ・デ・バンブー』が入り込めたのはとてもラッキーなことだった。皆が皆、イビサの古ツワモノで、10年どころか戦後すぐにイビサを見つけ、通い詰めているという30年選手もいた。

クルツさんもそんな大長老組の一人で、禿げ上がった白髪頭にいかにも円満そうなニコニコ顔、そして驚くばかりの逞しい肉体を持っていた。若い時に余程鍛え抜き、筋肉美を作り上げたことが知れた。 

かなり後になって知ったことだが、クルツさんはナチスドイツのSS隊員だったというのだ。ドイツが戦争に敗れた時、スペインのフランコ政権(右派の独裁政権)が大量のナチスドイツの戦犯や戦争裁判にかけられそうな人物を受け入れたことがあった。大半はスペインを通過して別名でアルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、チリなど、南米に逃れたのだが、相当数の戦犯になりそうなナチス組はそのままスペインに居残った。クルツさんはそんな仲間の一人だったというのだ。あのいかにも優しそうなお爺ちゃんがSS隊員だったというのだ。

クルツさんがODESSA(Organisation Der Ehemaligen SS-Angehorigen;Organization of former Members of the SS;元SS隊員同好会、互助会?)のメンバーだったのか、何がしかの援助を組織から受けていたのかは知る由もない。

モサド(Mossad;イスラエルの秘密諜報機関、スパイ組織)に連れ去られるほどの大物ではないが、ドイツに帰れば、彼を訴えて出る人がいる程度の存在だったのだろう。スペインの海岸リゾート地、コスタ・デル・ソル、アリカンテ、それにカナリア諸島には初老のドイツ人が大勢定住している。明らかにソレと臭う人物も多い。

『カサ・デ・バンブー』の客としてしかクルツさんを知ることがなかったが、イビサ常駐のクルツさんは、他のドイツ人メンバーがイビサ到着の日には、いつも花束にワイン、コニャック、カヴァ(Cava)と呼んでいるカタルーニャ産のシャンパンなどを持って、彼らを迎えていた。ウエルカムバック・イビサ・パーティーを『カサ・デ・バンブー』で開いてくれたものだ。

獣医のハイマーさん、心臓外科医フアン・カルロス先生(容貌があまりにスペイン国王に似ていたのでそのままフアン・カルロス先生と呼んでいた)、バーバラさんとその母親、ギィスラー叔母さん、出版社の社主ピーテル、中程度の財閥だというディーターとその取り巻き、元F1カーレ―サーのニキ・ラウダ(彼はオーストリア人だが…)など、まるで『カサ・デ・バンブー』の公式言語はドイツ語であるかのようにドイツ語が飛び交っていた。

ヴァカンスにきたのだから、少しばかり羽目を外し、酔い、シャベリまくるのは致し方のないところだ。彼らは、私が抱いてきた寡黙、実直なドイツ人像とはまるで違った様相を見せた。 まず、やたらとおしゃべりで、噂好きな人種なのだ。それも、本人同士がいかにも親しく、仲良さそうに楽しげに会話をしていても、その片方が去った途端に、あいつ、あの人、今何を言ったか知っているか(私が知るわけはないのだが…)と、陰口を叩くのだ。これでは迂闊に彼等に背を向けることもできない…と思ったことだ。

今まで散々悪口を言っていた対象の人物がその場に現れたとなると、まるで手の平を返すように大げさな仕草でニコヤカにハグし合うのだった。そんな彼らのアザヤカと言いたくなるほど裏表のある遣り方を見て、最初、チョット、チョット、お前たち一体何なのだ、一体どっちがホントウのお前なんだ…と言いたくなったものだ。

あまりにツルミたがるから、逆にそんなことになるのだろう。イビサのドイツ人は数が多いだけに、自然相当数のグループに分かれていた。ドイツ人は、北欧人、イギリス人、フランス人に比べ、ツルミ、マスで動く傾向は際立っていた。

彼らは長年イビサに通い詰めており、イビサの生き字引だと自認する割りに、揃いも揃ってスペイン語が下手だった。イビサに住んでいる限り、大半のことはドイツ語で通すことができたからだ。買い物には取り立てて言うほどスペイン語は必要ではないし、ドイツのベーカリー、ドイツ人がやっているコーヒーショップ、ドイツ人の司法書士、ドイツ人の電気屋、車の修理屋、大工、水道工事屋までおり、彼らがイビサはドイツの植民地だ…と言うのもうなずけるほどだ。ほとんどドイツ語だけで生活できるのだ。

そして、彼らはイビセンコ、スペイン人の電気屋、自動車修理屋、配管工事屋の仕事を悪し様に馬鹿にし、見下していた。今までロバで荷物を運んでいたヤツが急に車を動かしたり、まともに修理したりできるわけがないと言うのだ。

私も何度かイビセンコの水道工事屋、下水修理屋、冷蔵庫、ガス調理台の修理屋にシゴトを頼んだことがあるし、ドイツ人の修理屋を呼んだこともある。確かにドイツ人の修理屋は時間通りに来てくれるのだが、すべて根本から修理しようとする。従って、エラク高い請求書を突き付けられる。急場しのぎのヤッツケ仕事で済ませたい時でも、大々的にやりたがるのだ。

しかし、彼らが良い修理屋なのはイビサに来てから1年くらいのもので、急激にいい加減な仕事ぶりになることが多い。但し、料金は地元の修理屋の何倍も請求するのだ。ドイツ人の間ですら、ドイツの修理工、大工などを呼ぶ時、イビサに来て何年経つかを確認するべきだ…というのが常識になっていた。もし、スペイン、イビサに来てから2、3年も経っているなら敬遠すべきだというのだ。一挙にスペイン、イビサ以下の、いい加減な仕事ぶりになるのだ。

私も何らかの修理を頼む時には、ギュンター筋のドイツ人ではなく、自然、ゴメスさんの口利きを頼るようになった。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
第3回:ヴィッキー 2 “カフェの常連とツケ”
第4回:ヴィッキー 3 “悪い友達グループ”
第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”
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