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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第571回:クウェート、ホタテ、白い築堤 - 三陸鉄道南リアス線 盛駅~三陸駅 -

更新日2016/01/07


キットずっと号は07時22分に盛駅を発車した。定時である。左の窓から朝の光が差し込んでいる。右の窓にはスラリと伸びた舗装路が並んでいる。白いガードレールに挟まれたBRT専用道だ。あの道で盛に来て、さっき見た線路の上に私がいる。線路は左へ曲がって、専用道が別れていく。さよならBRT。乗り心地は悪くなかった。これから専用道区間が増えて、もっと便利に快適になるだろう。しかし、私が乗る機会はなさそうだ。


BRT専用道とお別れ

車窓には区画整理された土地が広がる。パチンコ屋の立て看板がある。田舎らしい風景だ。震災から3年、人々に遊ぶ余裕ができたなら良いことだ。しかしパチンコは現実逃避の駆け込み寺でもある。それで心の平穏が保てるなら、余所者が余計な感想を持たなくてよい。

ディーゼルカーは少し高度を上げて、盛川を渡る。水量は少なく、枯れた芦が繁る。津波はこの川を遡ってきたのだろう。車窓からはもう、痛みも傷跡も見えなかった。川の上、青空が広がっている。遠くに白い建物が見える。冷蔵倉庫だろうか。あのあたりが大船渡湾だ。


盛川を渡る

左岸には赤白の煙突がひとつ。太平洋セメントの工場だ。建物は山裾の向こう側に隠れている。鉄橋を渡り終えると、下を線路が通っている。岩手開発鉄道の赤崎線が工場へ向かっている。あの踏切は1日に何回、閉じるだろう。貨物列車は長いだろうか。走る姿を見たい。車窓には空き地が広がり、プレハブの四角い建物がある。住宅だけではなく、事務所風もある。復興工事の小拠点といった感じだ。

トンネルを抜けると景色が変わり、立派な瓦屋根が並ぶ。線路は内陸寄りで、ここからは高架とトンネルが続くようだ。南リアス線は国鉄時代に盛線として開業した。昭和40年代に作られた路線で、集落を鉄橋とトンネルで結ぶ。鉄建公団建設路線の特長と言える。陸前赤崎駅に停まり、女子高生をひとり乗せて、すぐ発車する。4月9日。新学期が始まっている。


瓦屋根を眺めて走る

集落が終わるとトンネルに入る。長い闇を抜けて綾里駅に着いた。綾里は国鉄盛線として開業した区間である。女子高生がひとり降りて、ひとり乗った。列車は動かない。ここで対向列車を待つという。待合室の壁に小さな案内図が掲げられている。徒歩34分で不動の滝、徒歩20分で海水浴場。ここは山と海の間か。徒歩11分で三陸海洋センター。ここに用事のある人も列車に乗るだろうか。車で15分の項目は白く塗りつぶされている。何かを失った証拠である。再び文字が書き込まれる日が来るだろうか。

対向列車がやってきた。マルイヘッドマークに「祝 三陸鉄道 全線復旧」とあり、その下にショッピングセンターのロゴがある。広告というかたちで企業が応援している。応援といえば、この車両自体もクウェート国からの支援で製造された。車体にアラビア語、英語、日本語で「クウェート国からのご支援に感謝します。」とある。


綾里駅、クウェートの支援で購入した車両が来た

三陸鉄道とクウェートに直接の縁はなかった。クウェートから日本への支援が三陸鉄道にも回ってきた。1990年にイラクがクウェートに侵攻した湾岸戦争で、日本はクウェート独立のために1兆円以上の資金を提供した。さらに自衛隊がペルシャ湾の機雷除去作業を実施した。このとき、日本の掃海能力は世界から高く評価されたという。

この感謝の意味もあって、東日本大震災の後、クウェートから日本へ原油500万バレルが贈られた。それを販売した売上の400億円が各地の復興に役立てられた。三陸鉄道には12億円が割り当てられ、車両の購入費となった。隣の線路に停まっている車両がそれである。直接の縁はなかったけれど、三陸鉄道の再開業記念式典にクウェート大使を招いている。新たな縁が始まったといえる。良いことである。クウェートの国章が記された列車に、大勢の高校生が乗り込んだ。

切り通しを抜けると海が近い。地図には綾里湾とある。これだけ海が近ければ、津波の被害もあっただろう。家には瓦屋根が乗っている。修理されたか、建て替えられたか。すると、さっきの瓦屋根の集落も、被害が軽いわけではなさそうだ。車窓から津波の傷跡が見つからない。ただ、要所にブルドーザーが停まっている。


恋し浜駅の待合室、次回はホタテの絵馬をじっくり眺めたい

長いトンネルを抜けて恋し浜駅。もともと小石浜という駅名だった。地名も小石浜。ここで取れるホタテ貝のブランドが恋し浜だったという。なるほど、小さな待合室にホタテの貝殻がたくさん吊るされている。千羽鶴ならぬ千枚ホタテである。恋愛成就の絵馬のような意味があるという。ホタテ貝は二枚貝。貝合わせにならって、ぴたり合う理想の相手が見つかるようにと願をかける。失った連れ合いや恋人との再会を願う貝もあるかもしれない。

恋し浜から若い女性がひとり乗った。父親らしき男性は見送りだ。列車が動き出す前に、彼は階段を降りていった。ドラマの一場面。どんな物語があっただろうか。私の席から女性の表情は見えない。


被災の大きかった地域は造成工事中

またトンネルである。トンネルは津波のシェルターにもなっただろうから、鉄道の被害は小さいと思った。しかしその考えは甘かった。トンネルを抜けると大規模な造成地。復興区域である。線路は高い築堤の上にあり、築堤の法面は真っ白なコンクリートで固められている。このあたりの線路が築堤ごと流された。再建する築堤は堤防を兼ねている。その白い築堤の途中に甫嶺駅がある。乗降はなかった。




築堤の途中の甫嶺駅、ホームや待合室も新しい

トンネルに入り、出ればまた白い築堤の上だ。なるほど、全線不通も頷ける。三陸鉄道の北リアス線は被災から5日目には一部区間で運行を再開している。手信号を使い、人々を無料で乗せた逸話もある。しかし、南リアス線は最初の区間、盛・吉浜間の復旧まで2年かかった。もとより堤防を兼ねて、高架線より築堤を選んだのだろう。その築堤がすべて流された。橋脚に比べて築堤の造成は時間がかかりそうだ。


三陸駅は昔ながらの駅らしさ

またトンネル。そして三陸駅。ここも集落を見おろすような高いところにある。ホームに初老の男性が立っている。一眼レフカメラに、白くて長い望遠レンズ。なかなかの高級機材である。列車が動き出すと、オジサンが手を振って見送ってくれた。なんとなく目が合った気がして、私も後部運転台のそばの窓から手を振り返す。荷物が見あたらないから地元の人だ。列車の往来を喜んで、手を振ってくれているのだろう。

彼の写真を見てみたい。何が伝わるだろう。列車が速度を上げて、オジサンも駅も小さくなっていく。なぜだろう。涙で目が潤んでいる。たぶん、私はこの風景の中に、何か大事なものを置き去りにしている。そんな気分になっていた。


三陸駅のオジサンは、どんな写真を撮ったのだろう

いつも私は列車の窓から前方を眺めている。近づいてくる新たな風景に期待するからだ。後ろを向くと、なぜかせつない。それは被災地という理由ではない。どの路線でも同じだ。振り返る景色への、なんともいえない怖れがある。ただ、今は後ろ向きも悪くないと思った。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■連載完了コラム
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

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