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第570回:きっと、ずっと - 三陸鉄道南リアス線 盛駅 -

更新日2015/12/24


大船渡線は大船渡湾沿いを奧へ走り、盛駅で終わる。盛駅の手前で右手から三陸鉄道南リアス線が合流する。どちらの路線も湾側から山へ突っ込む形で終点となっている。直通するならスイッチバックだった。かつて、仙台と八戸を三陸沿岸経由で結んだ“リアス・シーライナー”という列車があって、三陸縦貫鉄道の集大成ともいえるルートだった。盛でスイッチバックだった。それがわかったところで悔しいだけだ。乗りたかった。


盛駅 左奥が三陸鉄道の駅舎

盛は賑やかな駅だ。大船渡線と三陸鉄道が乗り入れるだけではなく、貨物列車が行き来して、線路がたくさん並んでいる。貨車はすべてホキ形。鉱石を運ぶ屋根のない貨車である。青い凸型のディーゼル機関車、DD56形が入れ替え作業をしている。国鉄型のDD13形の派生車種で、型番の56は車体の重さ56トンに由来する。DD13形も56トンだった。


跨線橋から三陸鉄道の車庫を眺める。観光型がいた

貨物列車は岩手開発鉄道という、貨物専用の鉄道会社が運行している。盛駅でJRも三陸鉄道も行き止まりだけど、岩手開発鉄道が山奥へ向かって線路を延ばしている。日頃市線という貨物線で、10キロkm先の鉱山から石灰石を運んでいる。盛駅からは海側へ2kmの赤崎線が通じている。赤崎駅は太平洋セメント工場の中央にある。

岩手開発鉄道は、設立時の構想ではさらに北進し、釜石線の平倉駅を目指していた。林業の振興が目的だったという。しかし線路は石灰石鉱山まで。現在は鉱山と工場を結ぶ、単機能の短い貨物線だ。1992年までは旅客営業もあったそうで、ちょうど私が鉄道趣味を離れていた頃だ。乗っておけば良かったと悔やまれる。


岩手開発鉄道の貨物列車

岩手開発鉄道は経営不振で旅客営業を廃止ししたものの、太平洋セメントの石灰石事業に助けられた。工場が海沿いに作られたということは、精錬された石灰石製品は船で運ばれたのだろう。三陸鉄道も大船渡線も石灰石製品を輸送していなかった。国鉄が鉄道貨物にもっと注力していたら、大船渡線は貨物輸送を担ったかもしれないし、石巻線のように鉄道で復活できただろう。いろいろと残念である。

盛は大船渡湾に注ぐ盛川の両岸に発展した町だ。盛という名のわりには線路以外は盛ってない。駅前に大型商業施設がなく、3階建ての小さなテナントビル、床屋、そして住宅がある。盛はもともと別の文字で、地域の発展を願った当て字かもしれない。アイヌ語では湾を示すモイという言葉があり、漢字では盛と当てた昆布盛という地名が北海道にある。岩手県庁の盛岡は“森の丘”に縁起文字を当てたという。


盛駅の北方向を見る
中央の上り勾配が岩手開発鉄道日頃市線
手前が旅客列車営業時代のプラットホーム

駅前をひとまわり。東西を結ぶ跨線橋から貨物列車や三陸鉄道の車庫を眺めて、ふたたび駅前に戻ると、散歩中の柴犬がいた。こちらに駆け寄りたがっていて、飼い主さんがリードを短く持っているから、前足が空を掻いている。犬を飼い始めてから、こんな場面が増えた。犬は犬好きが分かるようで、あるいは、私の足に犬の匂いが残っているようだ。名前は「テツ」。朝の散歩。しばらく遊んでもらう。時計は7時を回っていた。


テツくん

三陸鉄道の駅舎に入る。窓口の営業時間は08時10分から18時20分まで。つまり切符を買えない。たぶんワンマン運転だし、車内か釜石駅で精算だ。片道を乗り通すだけだからそれでいいけれど、始発から1日乗車券を使いたい場合は困りそうだ。待合室に「ふれあい待合室の営業は終了しました」と札がかかっている。窓口前の通路は待合室ではないらしい。それにしては、ポスターやサイン色紙、ひまわりの花の飾り付けが多い。ビニールの飛行機がつり下がり、ゴリラのぬいぐるみ。まるで保育園のようだ。棚にはマンガ『駅弁ひとり旅』が並んでいる。


三陸鉄道の駅舎、飾り付けが賑やかだ

壁新聞やチラシを眺めて、ホーム側の扉を開けた。手前が大船渡線のホーム。向こう側が三陸鉄道のホーム。大船渡線のホームはBRT用に改装されており、アスファルトで埋められ嵩上げされている。これはもう、鉄道には戻らないな、と思う。ただし、嵩上げのおかげで、BRT専用道を歩いて隣のホームに行ける。跨線橋の上り下りが要らない。これはいい。バリアフリーだ。負け惜しみのようだけど、良いものは良い。


盛駅BRT道路に構内踏切ができていた

3番ホームにディーゼルカーが1両。白地にピンクの花模様。「三陸鉄道キット、ずっとプロジェクト」と書いてある。チョコレート菓子の“キットカット”の広告ラッピングだ。広告と言うよりも、三陸鉄道を応援しようという社会貢献プロジェクトで、キットカットの販売元のネスレ日本のほか、青い森鉄道、日本旅行、毎日新聞、トミーテックも協賛している。ありがたいことである。

しかし、なぜこのプロジェクトは大船渡線や気仙沼線で展開されないのか。どちらも地域の足で、復旧の見通しが立たない。JR東日本が黒字企業だからだろうか。JR東日本自身がBRTを推進し、鉄道復旧に前向きではないからか。


三陸鉄道南リアス線 キットずっと号

国はJR東日本が黒字だから復旧費用の公的負担ができないという。しかし、JR東日本は国の新幹線輸出プロジェクトに貢献しているし、しかも中国へは自社の資産を差し出している。これだけ国に貢献した企業に対して、冷たすぎる態度だ。ああ悲しい。悔しい。

整理券を取って車内へ。発車10分前。数人の先客がいる。乗客は私より少し年配の人ばかり。通勤や用事のお客さんで、鉄道ファンや観光客の姿はない。4日前に全線再開した路線だけれど、トイレ室の壁のポスター以外にお祝いムードはなかった。すでに日常に戻っている。それも復興の現実ってやつだ。そういえば、ラジオ番組のスタッフは記念式典を取材するという話だった。私は浮かれた騒ぎより、普通の風景を見られてよかった。他の人とは違う視点で話ができそうだ。


ボックスシートはテーブル付き

客室にボックスシートが並んでいる。ひとつの窓にボックスひとつ。座席の間にテーブル席がある。観光客への配慮だろう。ありがたく使わせていただいて、朝食用に買ったパンを並べた。その隣に整理券を置く。券面には今日の日付、そして、
『整理券 盛 笑顔をつなぐ、ずっと…。三陸鉄道』
と印刷されていた。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
<<杉山淳一の著書>>

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■鉄道ニュース(レポーター)
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発行:マイナビ

■著書
『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』
~日本全国列車旅、
達人のとっておき33選~


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