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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第541回:三つのJR最南端駅 - 指宿枕崎線 指宿~枕崎 -

更新日2015/02/19

指宿駅から枕崎駅へ。白い車体に青い帯色を巻いた気動車だ。この塗色は関東では小田急や東武の電車の色だった。いまはどちらも銀色の金属色になってしまって寒々しい。この気動車もかなり高齢だ。引退後はどうなるのかと思っていたら、上り列車として黄色い気動車がやってきた。快速列車“なのはな”に使われる新型車だ。同じ車両を肥薩線でも見かけたけれど、あちらは赤、こちらは黄色である。そういえば唐津線の気動車も黄色、ただし長崎本線は青だった。JR九州は、観光列車だけではなく普通列車も楽しい。都会の銀色の電車より色彩が鮮やかだ。


菜の花色の新型気動車と出会った

“指宿のたまて箱”は3両とも満席だった。しかし枕崎行きの車内は10人ほどだ。あれだけいた人はどこへ行ってしまったか。指宿から観光に向かってくれたらいいけれど、黄色い“なのはな”に乗ってしまったとしたら、地元の人々は残念だろうと思う。指宿は温泉などがあり、砂蒸し風呂がテレビの旅番組で紹介されている。あれはちょっとやってみたい。そして、指宿枕崎線は、指宿から先も見どころが多い。指宿で引き返したらもったいない。


枕崎駅を出て、外海を眺める

列車は海岸に沿って走る。市街地を通り抜け、海から離れて大きく右へカーブするあたりが大山崎。南北に長い鹿児島湾の入り口だ。そこからまた海に寄り添って山川駅に停車。なんと、17分も停まる。列車交換ができる配線で、2本の線路を挟むように対向式ホームがある。私たちの列車が到着するとき、すでに上り列車が待機していた。この列車は山川駅始発だ。指宿枕崎線は鹿児島中央駅と山川駅を結ぶ区間列車が多い。指宿駅ではなく、ひとつ先の山川駅で折り返す理由は、この駅付近が栄えていたからだ。現在は指宿市の一部だけど、かつては山川町として独立しており、鰹や鮪が捕れる漁業の町だった。薩摩藩主島津氏の直轄領だったと言うから、かなり重要なところである。地理的にも指宿は内海に面し、山川は外洋に面している。


有人駅でJR最南端の山川駅

停車時間が長いから、列車を降りて駅前広場に出てみた。日本最南端の有人駅という記念碑がある。よく見ると、日本の上に小さく“JR”と書いてある。山川駅はJRグループ最南端の有人駅だ。無人駅を含めると、この先の西大山駅がJR最南端の駅となる。日本最南端は沖縄県のゆいレール赤嶺駅で、どうやら有人駅らしい。ゆいレールには失礼ながら、もしゆいレールが合理化して赤嶺駅が無人駅になると、山川は“最南端の有人駅”のタイトルを奪還できる。それで嬉しいかはともかくとして。


凝った作りではないけれど、南国の開放感を感じる駅舎

山川駅を発車すると海から離れて平野部を走る。畑の向こうに珍しい形の小山がいくつかあった。福岡名物のひよこ饅頭に似ている。きっとひよこ山と呼ばれているだろう。正しい名前は知らない。大山駅を過ぎて進行方向左手の前方、遠景はやや霞んでいた。その遠景の奧、まるで壁画を覆う保護紙を一枚ずつはがしていくように、三角形の大きな山が浮かび上がる。開聞岳であった。


珍しい形の山がいくつか

周囲に山がなく、それだけが独立した開聞岳。“山”という漢字はこの地で誕生したと言っても信じてしまいそうなほど完璧な三角山。その姿を仰ぎ見る頃に、列車は西大山駅に到着する。大山駅の西にあるから西大山。しかしこの駅はJR最南端の駅だ。列車はしばらく停車してくれるという。私と風ちゃんも列車を降りて、駅名標と開聞岳、列車と開聞岳が収まるように写真を撮った。西大山駅で画像検索すると、たぶんこのカットばかりだろうという定番の画角である。


JR最南端の駅、西大山は無人駅

海沿いで、奇妙に山があり、JR最南端の駅がふたつある。そして開聞岳の美しさ。これだけ見どころがあるというのに、なぜ“指宿のたまて箱”は指宿で折り返してしまうのだろう。もったいない。そもそも当地の竜宮伝説ゆかりの地は、大山駅と西大山駅の南、長崎鼻の龍宮神社というではないか。龍宮伝説の根拠はウミガメの産卵地だからだという。もっと車両を増やして、運転区間を延ばし、“枕崎のたまて箱”にすればいいと思う。


開聞岳が凜々しい

西大山駅から列車を進めて、開聞岳がさらに大きくなる。そして薩摩川尻駅を過ぎ、東開聞駅、開聞駅あたりは開聞岳の裾を回り込む。開聞駅でジャージ姿の女生徒が3人降りる。ますます車内は寂しくなった。女生徒たちを見送った窓の向こう、山の上に妙な塔が見える。地図によると多寳佛塔。検索してみたら“ムー大陸博物館”があるという。なんだそりゃ。かつて太平洋にあった伝説の大陸に関する何かがあるようだ。これは竜宮伝説もびっくりだ。“指宿のたまて箱”はムー大陸に遠慮したか。


あの塔がムー大陸博物館

開聞駅の次は入野駅。ここから線路はまた海沿いになる。薩摩半島の南辺を西へ進む形だ。指宿枕崎線は薩摩半島の東側の海沿いを走っているから、このあたりからだと鹿児島中央駅まではバスで直行したほうが早い。だから山川駅から枕崎駅までの運行本数も少ない。本当は廃止したいくらい乗客も少ないかも知れず、しかし最南端の駅があるという意地で残しているかも知れず。ならば、なおのこと観光列車がほしい。

そうだ、鹿児島中央から直行しなくても、指宿駅と枕崎駅を結ぶ区間列車でもいい。この沿線の北方、15kmほどの場所に知覧特攻平和会館がある。鹿児島中央駅、喜入駅、そして枕崎駅からバスで行くところ。太平洋戦争末期の特攻隊が出陣した基地の跡地で、行ってみたい場所のひとつ。しかし、枕崎駅からの接続かうまくいかず、今回は断念した。指宿枕崎線は薩摩半島を周回する路線だけど、観光施設を回遊しにくいダイヤである。残念だ。


枕崎駅に到着

列車は海から離れてしまった。地図では枕崎駅の手前でちょっとだけ海岸沿いをかすめるけれど、そこはもう枕崎市の市街地で建物が多い。運転席横にかぶりつき、前方を眺めると、線路の終わりが見えている。終着駅の枕崎。到着は12時49分だった。線路1本。ホームは短く、新し目のコンクリート製。

ホームの反対側に小さな広場があって、“本土最南端の終着駅”という記念碑がある。そうか、終着駅というカテゴリーであれば、ここも最南端だった。指宿枕崎線は最南端が三つもあるわけだ。


JRの終着駅で日本最南端

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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