■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員



第1回:さよならミヤワキ先生。
第2回:17歳の地図、36歳の地図
第3回:駅は間借り人?
−都営地下鉄三田線−

第4回:名探偵の散歩道
−営団南北線・埼玉高速鉄道−

第5回:菜の花色のミニ列車
−埼玉新都市交通ニューシャトル−

第6回:ドーナツの外側 −東武野田線−



■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
〜書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
〜コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■更新予定日:毎週木曜日

第7回:踊る猫伝説−横浜市営地下鉄−

更新日2003/05/22


明日がこのコラムの原稿締め切り、という日まで、私は取材に出られなかった。予想外の忙しさだったからだ。私の鉄道好きは取引先にも知られており、鉄道ゲーム関連の仕事が次々に舞いこんだ。まず、Tという雑誌で新しく発売される鉄道会社経営ゲームの紹介記事を書く約束があった。そのゲームには“わかりやすい攻略ガイドブック”が同梱される、とニュースリリースに書いてあった。だから、“初心者でも簡単に遊べるヨ”という記事を書いた。ところがゲーム会社から、その“わかりやすい攻略ガイドブック”を書く仕事が来た。妙なめぐり合わせだが、好きなゲームだから喜んで引き受けた。次にAという雑誌から、そのゲームの紹介記事の依頼があり、さらにLという雑誌からは紹介記事と、それに続く攻略記事の連載の話もいただいた。欲張りな私は、もちろん全部引き受けた。そのほかに定期的な仕事もあった。それでも水曜日の午前中には終わって出かけられるはずだった。が、別の得意先から緊急の仕事が入った。手がすいた頃には19時を過ぎていた。


今からでもどこかへ行けないか。終電まであと4時間余り。外はとっくに暗くなっていて、良い景色は期待できない。明日の朝早く起きればどうか。景色は見えるけれど、どんどん遠くへ行ってしまいそうで、締め切りに間に合う時間に戻る自信がない。実は、仕事が立て込んできたときに、「今回は休載させていただくかも知れない」と『のらり』の担当者Kさんにメールで伝えていた。みっともないけれど弱音を吐いた。しかし、ここまで毎週更新している。このリズムを崩したくない。怠け癖が発露して不定期連載になるかもしれない。それよりもなによりも、いくつか仕事を終わらせたのでリフレッシュしたい。電車に乗りたい。やはり今から出発しよう。景色がみえなくてもいいところに行こう。私は横浜市営地下鉄に乗ろうと決めて、横浜駅へ向かった。地下鉄ならいつだって景色は見えない。都内の地下鉄の未乗区間にも食指が動いたけれど、自宅がある京浜急行の平和島駅からは横浜のほうが近い。


夜の横浜駅。バンド名は『リンクス』。

横浜市営地下鉄は北端のあざみ野から横浜駅を経由して、西端の湘南台まで40.4キロメートルの路線だ。このうち横浜から西側が未乗区間である。横浜駅は帰宅ラッシュで雑踏していた。ストリートミュージシャンと、彼らを囲む人々をすり抜けて地下へと降りる。ホームの先端にある自動販売機のジュースで喉を潤し、ちょっと気持ちが落ち着いた。ごみ箱に落書きがある。“体が基本、元気が基本”まったくその通りだ。ほどなく銀色の電車が来た。やはり勤め帰りの人が多い。私のそばに立つ若い女性は“痴呆介護”という冊子を熱心に読んでいる。看護学校の生徒さんかも知れない。

駅に着くたびに警笛を鳴らす。地下鉄は列車が見えにくいから、音でホームにいるお客さんに電車の接近を知らせるのだ。しかし、その音色が蒸気機関車の汽笛に似ている。耳に優しくしつつも存在感がある。銀色の車体と駅の眩しい照明を、音が優しく包んでいるような感もある。新しい電車も古い電車も同じ音だ。電子音の合成だと思う。わざとSLを意識してこの音色に決めたのだろうか。

都心から郊外へ向かう電車は、終点に向かうにつれて乗客が減っていく傾向がある。しかしこの電車の乗客はなかなか減らない。横浜の街は意外と広いのかも知れない。上大岡でかなり乗客が降りたけれど、同数以上の人々が乗ってきた。京浜急行との接続駅である。東京方面に勤める人たちはここで乗り換えるのだろう。京急の横浜駅は大変な混雑で知られているし、横浜駅は地下鉄と京急の乗換えがやや不便で、かなり歩く。上大岡のほうが便利で運賃も安い。

かつての終着駅だった上永谷で地上に出た。降りてみたい気もするが、路線図にはもっと気になる駅がある。戸塚の次の駅“踊場”である。ダンスホールでもあるのだろうか。戸塚の手前には“舞岡”もある。踊ったり舞ったり、陽気な地域である。舞岡はおそらく、戦国時代に武将が勝利を祝う舞いを披露したものではないかと推察する。私は東急の旗の台という駅のそばに住んでいたが、旗の台の“旗”は、源氏軍が旗を立てた故事こ由来するらしい。しかし踊場はどうだろう。家路を急ぐ人に混ざって踊場駅の改札を抜けた。


踊場駅にはダンス教室の広告があった。

が、期待すべきものはなさそうである。案内地図を見ると踊場公園という、かなり広めの公園があるけれど、地名は横浜市泉区だ。駅は長後街道の真下で、付近はどこにでもありそうな住宅街だ。インターネットで調べたところ、このあたりはかつて猫が集まって踊っていたという伝説があるらしい。戸塚宿にある醤油屋の主人が、毎晩手ぬぐいが1本ずつ減っていくことを不思議がり、手ぬぐいに紐を付けて見張っていたら、飼い猫が手ぬぐいを持ってどこかへ行こうとしていた。その猫を追っていくと、手ぬぐいを被った猫たちが、世間話をしながら踊っていたという。駅には猫に由来したオブジェもあったそうだが、気が付かなかった。踊場公園に行けば野良猫と遊べるかもしれず、やはり昼間に来ればよかったと後悔する。ちなみに舞岡には舞岡八幡宮がある。私の予想に反して、かつて空に白旗が舞ったという伝説に由来する。自然も多く残り、散策に適した地域らしい。しかし白旗が舞ったとは縁起が悪い。


“汽笛”を鳴らす銀色の電車。

地下鉄電車は湘南台付近でふたたび地上に出て、また地下に潜って終着駅に停まった。ちらり景色を見た限り、街の明りは少なそうだ。私は地上には向かわず、小田急線の改札口を横切って、相模鉄道の湘南台駅を目指した。相模鉄道は横浜と海老名を結び、二俣川から湘南台まで支線の“いずみ野線”が分岐する。ここから二俣川経由で海老名に行こうと思う。夜ではあるが、夜には夜の景色がある。相模鉄道には“台”や“丘”と名の付く駅がいくつかあって、もしかしたら、夜景がきれいに見える場所を通るかも知れない。


湘南台から先への延伸計画は無い。
もっとも、すでにここは藤沢市である。

 

第8回:相模原銀河鉄道−相模鉄道いずみの線・本線−

 
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