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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第711回:近江商人のメンツ - 近江鉄道本線 高宮~八日市 -

更新日2020/05/28



高宮駅に戻った。行きの接続は良かったけれど、今回は少し時間がある。米原方面と多賀大社方面の接続を優先したダイヤらしい。駅舎の外観を眺めにいこうか。駅舎は上りプラットホーム側にあり、下りプラットホームと上りプラットホームの間は構内踏切だ。跨線橋の上り下りよりラクだからありがたい。上下線の間に線路が1本あるから、構内踏切にしては長い方だ。首を左右に振って、線路の行方を見通す。ちょっとだけ線路の上を歩く気分になる。

01
線対称の高宮駅。全体の写真を撮りたかったけど後ろに下がれなかった

高宮駅は平屋建て、中央の改札口付近の屋根が高くドーム型。線対称の建物だ。駅舎に向かって左が駅事務室とトイレ。右はコミュニティセンターと書いてある。中央の構えは鉄筋コンクリートに見えるけれど、左右の平屋は瓦屋根だから木造だろう。スッキリとした線対称のデザインは私の好み。こんな家に住みたい。ときどき、ヒューンという新幹線の通過音が聞こえる。多賀線と交差したあたりの高架線の音が届くようだ。

02
駅舎への移動は構内踏切を通る。階段が少なくて嬉しい

近江鉄道本線の下り電車は黄色の800形だ。三面鏡の顔だ。ギャラリートレインというヘッドマークが付いていて、車内に子どもたちの絵を飾っている。車内広告を出す会社が少ないのか、とも思うけれど、子どもの絵を飾れば親子で乗って観てくれる。祖父母も乗ってくれるかもしれない。そう考えると良いアイデアだ。似たような話で、黒柳徹子さんのお父上が楽団の資金繰りのアイデアとして第九演奏を発案し、合唱団に良家の子女を集めたところ、子女の親や親戚でコンサートホールが満席になったという。

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ギャラリートレインで本線の旅を続行

近江鉄道のギャラリートレインの趣旨はもうひとつ「びわこ京阪奈線」の建設推進である。この路線は近江鉄道本線と信楽高原鉄道を直通運転し、信楽から京都方面へ約30kmを延伸して片町線(学研都市線)の京田辺駅を結ぶルートだ。古くは1922年の鉄道敷設法で規定された路線に近い。しかし国鉄改革の一環で法律ごと廃止された。それを作ろうという運動が「びわこ京阪奈線(仮称)鉄道建設期成同盟会」だ。ギャラリートレインはこの運動の認知度を高め、鉄道の利用者を増やして実現に近づけようという目的がある。地方鉄道に冷ややかな昨今、どうかとは思うけれど、京田辺駅の二つ先、松井山手駅付近に北陸新幹線の駅が予定されている。繋がれば面白いと思う。

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子どもたちの絵を飾っていた

ギャラリートレインは高宮駅を発車。走り始めは左右に揺れ、速度を上げれば左右は落ち着き、上下動が加わる。左から新幹線の高架線が近づいてくる。N700系が走り抜けていく様子が見えた。やがて高架線がピッタリと近づき、架線柱と塀しかみえない。尼子駅、豊郷駅は新幹線高架の隣だ。いや、時系列では近江鉄道の線路沿いに新幹線を作った。だから近江鉄道の車窓は片側が塞がれている。近江鉄道が国鉄に対して「新幹線高架ができたら車窓から鈴鹿山脈が見えなくなる」と補償を求めたという逸話がある。

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新幹線の線路が近づく

近江鉄道の線路はいったん新幹線と離れ、愛知川を渡って五箇荘駅に着いた。地名は五個荘と書き、近江商人発祥の地のひとつに数えられているという。商売の規範「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方良しは、江戸時代に五個荘の商人中村治兵衛の家訓が起源。中村治兵衛の商いは後に金巾製織という会社になり、現在の東洋紡株式会社に繋がっている。「三方良し」は同じ近江商人の伊藤忠兵衛が広めた。近江商人をルーツとする企業は多いそうだ。そして近江商人の起源は安土城下の楽市・楽座という。時代は繋がっている。

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左の車窓は新幹線高架に塞がれてしまった

それでは近江鉄道はどうかと出自を調べると、やはり近江商人たちが関わっている。東海道本線や関西鉄道から外れた地域に鉄道を通そうと、衆議院議員第一期生の大東義徹が社長となり、旧彦根藩士と近江商人の有志が会社を設立したそうだ。しかし近江商人に鉄道は不得手だったか、建設中から資金難であり、開業後も経営は厳しかったようだ。手を差し伸べた人物は、やはり近江商人で不動産業を生業とする堤康次郎であった。後に西武グループを育て上げる人物である。近江鉄道と西武鉄道の関係も長い。だから西武鉄道の中古電車が多い。

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愛知川を渡る。愛知県とは関係なく、鈴鹿山脈から琵琶湖へ注ぐ

五箇荘駅の鼻先の新幹線高架を電車は潜り抜ける。左へ分岐する線路があるけれど、路線図には示されていない。廃線跡のようだ。本線はずっと直線で、電車のモーター音が高まっていく。線路の両側は農地で、新幹線の高架線がないから鈴鹿山脈が見える。

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箕作山。新幹線はあの向こう側を走っている

河辺の森駅は農地の真ん中だ。乗降客は数人。ちょっと離れたところに民家があるから、そちらの広い道が主な生活道路なのだろう。線路は直線だから、所要時間では電車に利があるはず。2両編成の車内は座席が8割ほど埋まっていて、土曜の午後の乗車率としては悪くない。赤字かもしれないけれど利用者はあり、沿線自治体としては存続したいと思うはず。安心材料が増えた。廃止にはならない気がする。

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河辺の森駅は畑の中の棒線駅

前方に町が見える。左手にショッピングモールの大きな建物がある。線路が分岐し、電車の留置線もある。八日市駅であった。近代的で大きな駅舎。構内は2面3線で、二つのプラットホームの間に中線がある。現在は東近江市に統合されたけれども、八日市市の代表駅であった。

八日市とは、8の付く日に市場が開かれたという意味だ。江戸時代に御代参街道と八風街道の交わる町として栄え、遊郭もあったという。それほどの町に東海道線も関西線も通らないとなれば、近江商人はメンツ丸つぶれ。自分たちで鉄道を作ろうと考えただろうと思う。近江鉄道は近江商人たちの誇りの象徴かもしれない。

10
八日市駅で乗り換え

-…つづく

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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