■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員



第1回:さよならミヤワキ先生。
第2回:17歳の地図、36歳の地図
第3回:駅は間借り人?
-都営地下鉄三田線-

第4回:名探偵の散歩道
-営団南北線・埼玉高速鉄道-

第5回:菜の花色のミニ列車
-埼玉新都市交通ニューシャトル-

第6回:ドーナツの外側-東武野田線-
第7回:踊る猫伝説-横浜市営地下鉄-



■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■更新予定日:毎週木曜日

第8回:相模原銀河鉄道-相模鉄道いずみの線・本線-

更新日2003/05/29


21時30分。相模鉄道の湘南台駅。キップ売り場に"横浜駅まで29分!"と大きな横断幕が掲げられている。湘南台-横浜間は、相鉄と地下鉄が競合する区間である。小田急沿線から横浜へ向かうお客さんを取りあっているのだろう。ライバルの横浜市営地下鉄は39分で、10分も余計にかかる。言うまでもなく通勤通学時間の10分は貴重で、相鉄に軍配が上がる。横浜市営地下鉄も、駅の設備を見る限りでは急行運転ができそうだが、張り合おうと言う気は無いらしい。ここは藤沢市だから遠慮しているのかもしれない。


近代的なデザインの車両が待っていた。

相鉄いずみの線の電車は10両編成。6両編成の地下鉄から乗り換えると、列車の姿もホームの佇まいも堂々としている。いつまでも比べていると地下鉄に気の毒だから、もう比較はよそう。長いホームには白い車体に赤い帯の電車が発車を待っている。ほとんどの車両は横向きの長い椅子がついている。通勤電車の標準的な室内だ。しかし、途中には長距離列車のように向かい合わせ座席の車両もある。椅子の位置が進行方向に対して直角になることからクロスシートと呼ばれている。この電車は扉付近に横長座席も混ざっているので、セミクロスシートである。そんなことを知っても社会であまり役に立たないが、今後私は予告なくこうした単語を使うだろうから、初出の時はきちんと説明しておきたい。ここで大切なことは、私はロングシートよりもクロスシートを好む、ということである。私は進行方向に向く窓側の席に座った。この位置は車窓を楽しむために都合がいい。ロングシートだと首をひねるか、幼児のように窓向きに正座しなくてはいけない。さすがにそれはできない。


これがセミクロスシート。旅の気分にさせてくれる。

夜の横浜行き電車は空いていた。乗客は各車両に数人といったところだ。のどかなローカル線といった雰囲気である。しかし反対方向の電車は混んでいる。お客さんの表情に、疲れと、まもなくやってくるくつろぎの時間への希望が混じっている。期待していた夜景は寂しいものだ。時々道路の街灯が連なる程度で、民家の明りは星のように遠い。窓から少しでも離れると自分の顔が映ってしまうので、顔を窓に近づけ、額に手をかざして眺めている。宇宙時代になったら、星の海を往く旅人もこんな寂寥感に包まれることだろう。ただ、その感覚は嫌いではない。忙しく働く頭脳にとって、物想いにふける時間は大切だと思うし、考え事をしなくても癒される。私はもっぱら癒されるほうで、考えるべきことがない。

電車が緑園都市駅を発車するときも、ぼーっと車窓を眺めていた。しかし、妙なものが見えた。庭園展望台と書いてある。駅に展望台とはなんだろう。電車は動き始めている。しかし気になる。私は次の駅で引き返し、緑園都市駅に戻ってきた。たしかに展望台があった。黄色い箱に大きなガラス窓が付いている。その一角は外に出られるようになっていて、ちょっとした庭園風の造りだ。駅の周りはここより高い建物が多く、遠くを見渡せるわけではないが、ショッピングセンターやマンションの各部屋の灯りが見渡せる。駅前広場の植栽も多く、季節を感じられる場所のようだ。迎えの車を頼んでいるのか、若い女性が携帯電話で話している。こういう場所があれば、車内やホームで大声を出して、他人に迷惑をかけずに済む。改札口へ向かうと"関東の駅100選"に選ばれたと誇らしげに掲げていた。なるほど、そういう駅をたどる旅も悪くない。地下鉄の踊場駅のような思いをしなくて済む。


緑園都市の"展望台"から駅前広場を眺める。

緑園都市からふたつ目が二俣川だ。電車はこのまま横浜に向かうが、私は反対側のホームに移動して海老名行きの電車を待つ。二俣川駅界隈を散策しようとは思わない。私は神奈川県民だった時代がある。ここには運転免許センターがあり、スピード違反でおまわりさんに叱れるたびにここで講習を受けていた。道路のスピード違反の反則金は、鉄道の特急料金よりも割高で、つまらない特典も多い。街の人々には申し訳ないけれど、この駅には良い思い出がない。目を伏せて通り過ぎたくなってしまう。

海老名行きの電車は古めかしい車体だった。相模鉄道は路線長こそ短いものの、車両の種類は豊富だ。いずみの線が延伸するたびに、そのときの最新技術で車両を新造したからであろう。古い車両は車内が暗い。蛍光灯の数が少ないせいだ。ただし、そのおかげで沿線の景色が見やすい。通勤帰りの客で混んでいるが、窓に近づかなくても見える。新造のいずみの線に比べると、こちらの景色は明るくて楽しい。線路際まで民家やアパートが建っている。いずみの線を銀河の辺境だとすれば、こちらは銀河の中心だろうか。ただし、星は遠くから眺めるから美しい。車窓から見える星には、近づき過ぎると目障りなものもある。"麻雀"という文字が点滅したり、"スナックやすこ"などと書いてあったりする。

終着駅の海老名に近づくと、右の車窓に小田急の電車がたくさん見える。車庫があるようだ。海老名は小田急線とJR相模線の乗換駅である。JR相模線に乗っていきたいが、もう22時を過ぎている。帰りの電車を考えると限界かもしれない。家路を急ぐ人の流れに合わせて歩く。少し酒の匂いがする。いま来た電車で引き返すのも芸がないので、外から夜の海老名駅を眺めようと思う。

海老名駅の西口に出た。バスのロータリーがかなり広く、朝夕に大勢の人々が利用するのだろう。正面に商業ビルがあって、駅の2階と渡り廊下で繋がっている。最近は渡り廊下と言わず、ペテストリアンデッキと称される事が多い。ペテン師がモップでジャブジャブと掃除する姿を想像するけれど、それでもカタカナのほうが好まれるのだろうか。エスカレーターで渡り廊下に上がってみた。

海老名駅の周囲は暗かったが、渡り廊下の先は明るい光を放っている。シネマコンプレックスを中心に、エンターテイメント施設が集積しているのだ。夜の遊園地のごとく、なかなか見事な夜景である。車窓の銀河を眺めた旅の終わりにふさわしい。やっぱり夜に出かけて良かった。私は街の灯を眺めながら、ペテストリアンデッキをぐるりと一周した。ペテン師らしき人はいなかった。


海老名駅前。夜はまだ終わらない。


2003年5月21日の乗車線区
JR:0.0Km 私鉄:47.9km

累計乗車線区
JR:15,043.0Km 私鉄:1,864.0km

 

 
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