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その頃の私には足がなく、そのかわり、腰から下が魚のようになっていた つまり私は人魚だったのだが、不思議なのは、私がそこで
私の下半身を包む半透明の美しいウロコを一枚、なぜか剥がして手に持ち 不思議なものでも見るように、それを光にかざして見ていたこと 何故そんなことをしていたのだろう……?
ふと気づくと、私のスカートの海の中の魚が、私の方をじっと見ていた そして、それを見たとたんに思い出したのだが、それは 人魚だったその時の私のそばで、海の中から私を見ていた一匹の魚の
心配そうなまなざしと同じまなざしだった あなたはもしかしたら、あの時の、あの魚?
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ばれちゃったんならしょうがない、そうだよ、あの時の魚だよ
でもうれしいね、僕のことを覚えてくれていたなんて 君のことを、僕らは本当に、ずっと心配していたんだから
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ごめんね、と思わず私は魚に謝っていた、だって、確かに私は
海の生き物たちの、喜びのシンボルである人魚という立場を捨て 私を慕ってくれるたくさんの魚たちを説き伏せ、どうしてもと言いながら あのとき、海から陸へと、生きる場所を移したのだから……
もちろん私は海を愛していた、そこで生きる全てのものを愛していた けれど、ほかの魚たちとはちがって、海の中でも海の外でも息が出来る私は ときどき眺める海の外の世界のことが、気になってしょうがなかった
そこでもきっと、海の中と同じように、優しさに囲まれて生きて行ける もしかしたら、もっと愛されて、とまでは思わなかったけれど それでも少なくとも、海にいるときと同じ程度には、愛し愛され
そしてそんな自分を愛しながら生きて行けると、何故かそう思った だから私は、みんなの心配を振り切るように、というより 何故みんながそんなに心配するのかが分からないまま
なにがなんでもそうするのだと、まるで当然のことのように心に決めて 早く人間になるために、急いでウロコを剥がした
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