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■ジャック・カロを知っていますか? ~バロックの時代に銅版画のあらゆる可能性を展開した天才版画家とその作品を巡る随想



更新日2021/08/05

 


 

第9回:ジャック・カロの発見


フィレンツェの街を挙げてのイベントが大好きだったトスカーナ大公コジモ2世は、どうやらイタリア発祥の大衆即興演劇、コメディア・デラルテ(commedia dell'arte)にも強い興味を持っていたようです。コメディアは今日的には喜劇という意味ですが、演劇が盛んだったギリシャでよく用いられていた言葉で、当時は悲劇のことも含めてそう呼んでいたようですから、悲喜劇、あるいは演劇総体を示す言葉だったのかもしれません。そこにイタリア語で芸術という意味のアルテという言葉が付けられているわけですから、そのままの意味としては芸術的な悲喜劇ということになります。

しかしイタリアでコメディア・デラルテと呼ばれるようになったものは、16世紀頃に始まった一種の大衆芸能で、必ずしも劇場で行われたわけではなく、街頭や広場で行われたり、王侯貴族などに呼ばれて館の中で芸を披露して大変な人気を博した即興性に富んだ演劇でした。

これはヨーロッパに古くからある様々な芸能が混ざり合ってできたもので、吟遊詩人的な要素や鍛え上げた体を用いたアクロバットや話芸などを交えた総合芸術、とは言い過ぎの、笑わせたり驚かせたり権力者を揶揄したりなどして人々の日常の鬱憤を発散させて食い扶持を得る旅芸人たちによる娯楽でした。

歌舞伎やインドネシアのワヤン・クリ(影絵芝居)などもそうであるように、こうした演芸では、卑猥なこと、滑稽なこと、グロテスクなことや常人にはとてもできない動きや話芸などを見せたり、そこにリアルな社会風刺を交えたりもしました。

そうしたなんでもありだったコメディア・デラルテは、やがて枝分かれし、技芸が特化され、あるものはより洗練されて、そこからサーカスや舞台劇などが生まれていくことになりますけれども、当時イタリアには、そのような流れの源流の働きをした旅芸人の一座がいくつもありました。

しかも彼らの活動範囲はイタリアにとどまらず、大衆的な人気が高まるにつれて、ヨーロッパ全土を渡り歩くようになり、やがてフランスやイギリスの王室から招待されたりするようにもなりました。

コジモ2世は、おそらくは病弱だったこともあってか、こうした異能集団であるコメディア・デラルテを大層好み、なかでもアクロバティックで激しい動きを見せる一座をよくフィレンツェに招いたようです。

そのおかげでカロもまた彼らを観る機会に恵まれ、結果的に、カロがカロになるための極めて重要な働きをしました。後の世からオリジナリティに溢れた人物と評価されるようなアーティストは、あたかも自分自身の力によって独自の表現や方法を獲得したかのように思われがちですけれども、優れたアーティストは誰でも、生きる時代や場所や出会う人や偶然に左右され、それに大きく影響されながら自らの資質に合った表現を発見し、そしてそれを新たな表現の可能性を見つめながら育みます。

どんな才能も表現力も、もとから備わっているようなものではなく、自らが発見し、工夫を重ねて身につけていくものです。

 

ここに一点の、1616年の作とされているカロの版画があります。それは当時のカロの、メディチ家のお抱え版画家としての一連の作品とは趣を異にするもので、実にカロ的というほかない作品です。まるでカロが突然カロに目覚めたかのようです。おそらく表現対象がカロの美意識の琴線に強く触れたということなのでしょう。

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二人の役者と題されたこの版画で最も目を引くのは、ザンニと呼ばれた役回りを演ずる躍動感に満ちた二人の男です。体は鍛え上げられていて、いろんなポーズをとりながら二人で丁々発止とやりあって人々を沸かせたのでしょう。

コメディア・デラルテでは細かな台本のようなものがあるわけではなく、演ずる場所や観客によって臨機応変に台詞や展開を変える即興性に満ちていたようです。ただ登場人物はほぼ決まっていて、付ける仮面や衣装によって、それがどんな役回りを演ずる人なのかが誰にもわかるようになっていたようです。

たとえば、カピターノというのは、軍服などを着て現れる軍隊の隊長で、偉そうに戦いでの自慢話などをしますが実は臆病者で、果たして本当に手柄を立てたことなどあるのかも疑わしいという設定。

ドットーレは英語のドクターにあたり、物知りの学者や医者の役回りで、どうでもいいようなことを長々と喋ったりしますが、女性には目がなく、卑猥なことを連発して女性をからかったりします。次に紹介するパンタローネにも共通する、大衆から見れば鼻持ちならない、というより嫌悪の対象のような存在。

パンタローネは、商売で財を成した社会的成功者、あるいは実力者ですが、当然のごとく物欲はもちろん色欲も旺盛で、カピターノやドットーレとも通じていて、金儲けや女性を手に入れるための悪巧みなどをする、いわば憎まれ役。

インナモラート(男)とインナモラータ(女)は、恋する歳若い男女で、若くて地位もないために恋路を邪魔されたりいじめられたりしながらもやがて結ばれるという、ドラマのメインの筋を構成する重要な役回り。衣装も最もお洒落で、恋には欠かせない詩を吟じたり楽器を弾いたなどもするので見せ場も多く、ダンテの想い姫ベアトリーチェという名前など、よく知られた名前が用いられたり、演者もその土地でよく知られた俳優が起用されたりもして、いわば観客の惹きつけ役。

ほかにもいろいろありますけれども、どれも当時の社会を構成する典型的な人々を類型化したもので、それに見合った仮面や衣装をつけます。筋書きも誰でも知っているような、あるいは知らなくても見ていればわかるようなシンプルな内容で、そこにザンニという特異な、狂言回しのような存在がいて、パンタローネやドットーレの企みを暴いたり、盛んにドラマを掻き回したりして、類型的なドラマを面白くする最も重要な役回りを演じます。

つまり即興劇としてのコメディア・デラルテは、類型的な登場人物によるやりとりと、それに破調をもたらすザンニによって構成されていて、これらの役者たちの器量、とりわけザンニと他の演者とのやりとりやパントマイムを含めたアクロバティックな体の動きなどが、劇の出来不出来や面白さを決します。このザンニという役回りがやがて、ピカソの絵にも描かれたアルルカンやピエロという、ヨーロッパの大衆演劇やサーカスにはなくてはならないキャラクターにつながっていきます。


カロはこのザンニを実に見事に描いています。躍動的な構図や、二人を対置させた構図の面白さや、アクロバティックな動きを可能にする鍛えられた身体など、このキャラクターの特異性がよく表現されていますけれども、それに加えて重要なのは、強烈な前景の二人と、極めて静的で牧歌的な背景の人々とを自然に対比させていることです。

つまり日常と非日常を同じ画面の中に自然に描き込むことで、二人の役者の非日常性が強調され、またその二人の存在が背景の日常性を逆に際立たせています。この絵を見ていると、日常と非日常とが一瞬逆転して見えてきさえします。

優れた表現者《アーティスト》というのは、常に日常と非日常を行き来します。アーティストといえども、ほかの人々となんら変わらない一人の人間ですけれども、しかし、あらゆることの中から美を見出し、あるいは日常的な現実の中に非日常的な何かを、非日常的の中に普遍性を見出し、それを言葉や形に表すという働きを生業とするということにおいてはかなり特殊な存在です。

演劇であれ絵画であれ、アーティストの働きの成果を観客として楽しむ側にいる人たちは、日常の中に突然創出される非日常的な何かを楽しめばいいですけれども、コメディア・デラルテ一座の人々にとっては、普段は決して触れ合うことができない時空間を観客の前に創り出して見せることが仕事であり、それが彼らの日常です。画家も版画家も音楽家も詩人も同じです。

アーティストは自らの働きとその成果によって非日常的な時空間に人々の心を連れて行くことができなければ、、あるいは特別な体験の感覚を人々にもたらすことができなければアーティストとしては失格です。つまり日常的な現実の中にあるのとは異質の、あるいは次元の異なる、想像力が豊かで美を好むという、人間という存在の本質に触れるもう一つの確かな現実性《リアリティ》を創り出すことがアーティストの仕事にほかなりません。

フィレンツェの街の一角で大衆に非日常的な時空間をもたらすコメディア・デラルテ一座、トスカーナ大公の館に出入りする貴族たちの前で、そんな彼らの日常とは次元の異なる確かさを創り出して見せるザンニたち。二つの異なる時空間が共存する不思議な一瞬。


カロはこの作品によって、自らが二つの確かさを行き来する、あるいはその違いを視覚化するアーティストであることを、明確に自覚したように思われます。


-…つづく


 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー
第1回:ジャック・カロを知っていますか?
第2回:カロの最初の版画
第3回:ローマでのカロ
第4回:フィレンツェでの幸運な出会い
第5回:最初の公的な仕事
第6回:地獄絵図
第7回:愛のキューピットがトスカーナにやってくる
第8回:祝祭都市フィレンツェ


■更新予定日:隔週木曜日