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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第706回:家族崩壊の危機、非常事態宣言 その2

更新日2021/05/06


コロナウイルスは中国が意図的にばら撒いたと信じている人たちがアメリカにたくさんいます。去年、コロナが広がり始めた時、トランプ大統領が自ら中国ウイルスと呼び、意図的に反中国感情を煽り立てました。いつの時代でも “コンスピラシー・セオリー”(conspiracy theory;悪の組織が世界を乗っ取ろうとしている、陰の政府が存在する)という思想にもなっていない考えを持った狂信的なグループが跋扈しています。今もまた、このコンスピラシー・セオリーが流行り出したのです。

トランプ大統領だけが、悪魔の組織に対処できるパイプを持ち、民主党のバイデンはトランプから大統領の席を奪った悪魔の手先だと言うのです。

今年(2021年)の1月6日、米国国会議事堂乱入事件は民主主義を信奉してきたアメリカの議会制度を震撼させました。まして、その音頭をとったのが現職のトランプ大統領だというのですから、呆れ果てて、アメリカに絶望したくもなろうというものです。

トランプは右翼団体に国会議事堂に入り、選挙の結果を覆せ!とアジッた口のヌメリも渇かないうちに、コロリと前言を翻し、「お前たち良くやってくれた、だけどそれまでにしておこう、次の大統領選挙に出馬して、必ず政権を奪い返す…」などと演説し、フロリダの豪邸に隠れたのです。

その時、国会議事堂乱入の先鋒となり、また実際の暴徒の数が多かったのが“Qアノン”(QAnon)というコンスピラシー・セオリーを信奉するグループでした。FBIがリストアップした今回の国会乱入に関与した極右グループは86団体になりますが、その中でもメンバーの最も多いグループの一つです。

QAnonは多分に凝り固まった新興宗教のように過激に走っています。自分が信じていることだけが正しく、他は全部悪魔の手先だと思い込んでいるようなのです。韓国で始まり一時期世界中に広がるかに見えた“統一キリスト教会”や日本の“オウム真理教”と似た性格を持っているのです。

ここから、多分に『ワシントン・ポスト』の二人の記者グレッグ・ジャッフィーとホセ・デル・レアルのレポートの孫引きになりますが、24歳になるテイラー君(姓の方は公表していません)を登場させ、彼の母親がQAnonにノメリ込み、非常用食料を溜め込むと同時に、ガン、銃弾を購入し、しかも家の内外でホルスターに差し込んだ拳銃を肌身離さず持ち歩くようになった過程を報告しています。テイラー君の母親のような例は珍しいことではありません。

極右暴力グループに家族の一員が加わり、家庭崩壊した人たちが“Reddit”というフォーラムを立ち上げました。いってみれば被害者家族の会のようなものでしょうか。それを覗いてみると、何千というテイラー君がいることに驚いてしまい、また、コンスピラシー・セオリーを信じ、武器を持って暴動を起こそうという人たちがこんなにたくさんいたことに背筋が寒くなりました。

QAnonなどの極右グループを放っておくと、オウム真理教のように自己肥大し、飛んでもない事件を起こしかねません。それよりも、こんなグループに支持された人間が大統領になったら、ナチス・ドイツの悪夢を再現することになりかねません。

QAnonはソーシャルメディアが生んだグループです。2019年の7月14日に“Q”とだけ名乗る人物がコンスピラシー・セオリーを現状に都合の良いように当てはめ、当時のトランプ大統領だけが、悪の世界に牛耳られたワシントンの政界、ハリウッド、マスコミそれに中国に乗っ取られた経済を救うことができると謳いあげ、オンラインのフォロワーを広げました。

また、いかに悪魔の手先として巨大ハイテック企業が世界中に害を及ぼしているか、例えば、ビル・ゲイツはインドに膨大な医療援助をしているが、そのワクチンには不妊剤が入っていて、インドの人口を減らし、インドを絶滅させようとしているなどとあり、様々なデマを飛ばしているのです。人口減少に悩む日本へは、精力増進剤入りのワクチンを??という噂は聞きませんが…。

バークレーの右翼研究所の所長ローレンス・ローセンタール(Lawrence Rosenthal)は、“今、このような過激な極右を潰してしまわないと、アメリカはドイツ(ヒットラーの)やイタリア(ムッソリーニの)に牛耳られた国ようになってしまうだろう”と陰鬱なコメントをしています。

NPRニュースによれば、悪の根源であるグループ、影の政権が実存し、彼らが幼児セックスを行っていると信じているアメリカ人は17%になると報告しています。と言うことは、その17%の人たちはQAnonに加わり、憎き悪魔と戦う予備軍になる可能性を持っていることになります。そして彼が言う悪魔の手先というのは、リベラルな学者、政治家、平和運動家、地球温暖化に警鐘を鳴らす人たちのことなのです。

コロナが全世界に拡がり、恐慌を来たしている時ですから、皆、心のどこかに不安を抱えています。そこを旨く突くようにコンスピラシー・セオリーを盾にQAnonが伸してきたのでしょう。それが演繹して、“コロナは中国の陰謀、ワクチンは政府が住民をコントロールするための麻薬”となるのでしょうか。

この末世思想、コンスピラシー・セオリー、そしてコロナのアンチ・ワクチン運動がマスコミに流れているだけなら、聞いているだけで済まされるのですが、それが私の実の妹と家族にピッタリと当てはまるとなると、平穏でいられません。

妹のローリーが看護婦さんであることは書きましたが、彼女はこのコスピラシー・セオリーを信じ込んでおり、同時にまったくコロナワクチンの有効性、必要性を信じていません。従って、義務付けられた、職場以外ではマスクをしません。そして、極端な新興宗教、原理教会というのでしょうか、聖書の一言一句が正しく、よって、他はすべてウソ、デタラメだという教会に通い始めたのです。さらに加えて、厳格なアンチ・アボーション(anti-abortion;妊娠中絶禁止運動)グループに加わっているのです。

ウチのダンナさんは、「まだ、ローリーは心情だけで、実際の行動を起こしていないのだから、俺にとって、ローリーはカワイイ妹のままだ。ローリーは基本的に優しい、思いやりのある人間だから大丈夫だ」と呑気なことを言っています。ですが、どうにも彼女と会話が成り立たなくなり、メリー(義理の妹、トムの奥さん)はもう電話もメールもローリーとしなくなりました。一番下の妹のロビンは、ローリーが極右的コンスピラシー・セオリーに走っているのは、ローリーのダンナさんのマークの影響だとして、おそらくローリーを庇うつもりなのでしょう、直接ローリーにマークと別れなさいと忠告し、結果、二人の間が気まずくなっています。

私は逃げであることを知りながら、その種の話題を避け、お天気、草花、家のリフォーム、息子ブレイクの将来のことだけを話すようにしています。なにせ宗教のこと、コンスピラシー・セオリーのことを話題にすると、「あなたたちには分からない!」で終わってしまい、会話が成り立たないのです。

彼女が間違ったデーターに元づいた理論にもなっていない屁理屈で洗脳されていて、科学的、医学的な情報をまったく無視しているのに呆れ、悲観してしまいます。ワクチン、予防注射、たとえば小児麻痺(ポリオ)、コレラ、マラリア、破傷風にいかに対応し、いかに効果があり、たくさんの命を救ってきたかなど眼中にないのです。

ワクチンを拒否するのは狭いコミュニティーのようなところに特定のグループ内で暮らしているのなら、本人とそのグループだけの問題です。例えそのグループのメンバーが全員死んだととしても、それで済みますが、現在、私たち、ローリーは多くの人たちと接して生活しているのですから、彼女の個人的信条の問題ではないのですが、そこまで全く思考回路が回らないのです。

コロナワクチン、コンスピラシー・セオリー、原理教会が、まさに三位一体となって、家族崩壊に繋がっていくような気がしてなりません。

-…つづく

 

第707回:ミニマリストの生き方

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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