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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第366回:アドリア海の小島"ハヴァール"から その2

更新日2014/06/12



ハヴァール島はイエルサの村はずれに住み始めてから、奇妙に顎が痛くなりました。原因は食べ物の硬さで、それを噛み砕くために日本食の何倍か顎にチカラ?を込め、時間をかけなければならないからです。

地中海は石の文化ですから、すべてが硬いのは当たり前ともいえますが、食べ物も硬く、なかなか歯ごたえがあり、呑み込むまで、歯と顎の筋肉を酷使しなければなりません。

主食のパンをはじめ、肉、野菜、何でも硬いのです。ニンジンもゴツゴツした外見はまだいいのですが、包丁の刃がスッと入らないほど芯があり、そのまま煮込んでも硬い繊維質の芯は残ります。日本やアメリカでは商品にならないようなモノです。

レタスもゴワゴワで日本の口の中で解けるようなアイスバーグレタスと親戚関係にあるモノとはとても思われないほどシッカリ、ガチガチしています。キャベツに至っては、私たち"マサカリ・キャベツ"と呼んでいるほどです。

チーズも地元のヤギの乳を混ぜたものは、切るというより、削るようにそぎ落として食べます。りんごも青く小さく、渋く、いきなりかぶりついたら歯が折れ、渋さで舌が麻痺しそうです。

何でも柔らかいのが良い、美味しいとされている日本やアメリカの食品の受け止め方を変えなければなりません。

地元のイモもニューポテトのように小粒で真っ黒な土がたっぷり付いているので、皮を剥く時、下から本当のイモの姿が現れるかな…と、不安がよぎるほどです。大きなアイダホポテトをこの島の人に見せたら、そんなお化けみたいなイモは気持ちが悪いと言うでしょうね。

そして、今は苺のシーズンです。苺は大昔、お爺さんの農家で朝早く起きて採ったのを思い起こさせるほど小粒で、イチゴの天辺も茎の付いているところもアオアオしています。日本の巨大で色艶のよい苺の100年前の原種とでも言えばいいのかしら、でも、それがパリッとしていてとても美味しいのです。本来、イチゴは野菜だそうですから、甘いだけでなく、ミズミズシイ風味を持っていたのでしょうね。

牛肉も一体どうやったらこれだけ歯応えのありすぎる肉牛が育つのか知りたいくらいのものです。肉牛ではなくて耕作に使い、ヨレヨレになった牛の肉ではないかと思ったりします。

硬さは鶏肉も負けてはいません。自転車で田舎を回るとき、そこここに放し飼いされた鶏を見ますから、きっとそのように飼われている鶏肉なのでしょう。養鶏をやっていた家に育ったウチのダンナさん、「ありゃ、散々卵を産みつくした、もう卵が産めなくなった婆さん鶏の肉だ」とか言っています。

チョット歯の悪い人には、島の食べ物を味わうのは難しいかもしれませんが、肉や野菜も長いこと噛み締めていると、何を摂ってもおいしいです。

そして、オリーブ油です。店の棚に並んでいるのは、本土からのものばかりで、私たちは折角島にいるのだし、しかも島中オリーブの木だらけなのだから、地元のオリーブ油を手に入れようと、2週間ほど探し回りました。

自転車で田舎を回っている時、ワイン、オリーブ油とペンキで殴り書きしてある農家をノックしたり、オリーブを絞っている(秋の終わりに絞るようですが)ところに行ってみましたが、どこにもオリーブ油を譲ってくれるところを見つけることができませんでした。

ところが、毎日パンを買っているベーカリー(ココでは未だに長いフランスパンを半分に切って買うことができます)のおばさん、ニッコリーナさんに、私の片言以下のクロアチア語でどこで地元のオリーブ油を買ったらいいのか訊ねたところ、どうにか意味が通じたらしく、明日の朝来いと言うのです。

翌朝、ベーカリーに行ったところ、ニッコリーナさん、2リットルのワインボトルに詰めたオリーブ油を差し出してくれたのです。そんな話を大家さんの叔父さんにしたところ(こちらはドイツ語が少し話せますが)、ウチのオリーブ畑は島の天辺に近い南斜面にあり、最高のものだと自慢し、また2リットル瓶に詰めた地オリーブ油をくれたのです。なんだか1年分のオリーブ油を一挙に手入れた感じです。

どうも、この島の住人にとってオリーブ油は買うものではなく、自分のところ、親戚、友人たちだけで内輪で消費するもののようなのです。ここのオリーブ油はアメリカや日本でコジャレタ瓶に詰めてバカ高い値段で売られている精製されたオリーブ油とは全く別系統のもので、少し青臭さがあり、ともかく味が濃いのです。サラダに何滴か垂らしたり、硬いパンにチョット付けて食べると、コマーシャル風に言えば、"オリーブの木立を吹き抜ける風が口の中に広がる"ような気分になります。

私たちがブドウ棚の下で昼食、夕食を摂っていると、これはもうかなりの確率で2階に住む大家さんの奥さん、マリアさんが色々なお料理をおすそ分けで持ってきてくれます。ウチのダンナさん、「ここでは食べ物が上から降ってくる」と言っています。手を伸ばせば幾らでも採れるレモンのことではありません。まだ、イチジクもブドウもザクロもタワワですが、まだ熟していません。マリアさんのお料理が降ってくるのです。

おかげでクロアチア、ボスニア(マリアさんはボスニア人です)の家庭料理を存分に味わう幸運に恵まれています。マリアさんのお料理に比べると、この島に渡る前に都会のスプリットの街で行った人気レストランの料理がまやかしだったとさえ思えます。マリアさんの旦那さん、エステファンも自分の奥さんの料理が自慢のようです。

この島を去る日、どんなに悲しくなるか…と今から考えてしまいます。

 

 

第367回:アドリア海の小島"ハヴァール"から その3

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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